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御題其の百六十三

七夕の宴

 七夕を皆で楽しめますように。

 中嶋陽子の願いと前置きし、胎果の女王は己の短冊に認めた願い事を披露した。聞いて笹の周りに集った人々は笑いさざめく。それから、皆がそれぞれ笹に吊るされた短冊を順番に読み上げ、七夕の催しは和やかに過ぎていった。

 浩瀚はふと窓を見上げる。そこには賓客が頬杖をつき、楽しげに庭院を見下ろしていた。浩瀚はそっとその場を抜け出すと、国主の執務室へと足を向けた。
「よろしいのですか?」
「何がだ」
 主の伴侶は振り向きもせずに答える。浩瀚は控え目に賓客を促した。
「主上は、皆で、と願いをかけておりますよ」
「充分楽しんでおるぞ」
 もう一人の胎果の王である主の伴侶は、窓の外を見下ろしたまま、にやりと笑んだ。視線の先にあるものは、鮮やかな紅の花。気が置けない側近たちに囲まれて、景王陽子は柔らかな笑みを浮かべている。
 浩瀚は苦笑した。そのまま頭を下げて静かに退出する。庭院に戻った浩瀚に、主が声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「いえ……」
 そう言いつつ振り返ると、主も窓辺を見上げる。口の端を上げて手を振る賓客に、主は鮮やかな笑みを返した。それだけで伴侶に背を向けてまた皆の輪に戻っていく主──。
 浩瀚は再び苦笑した。そして、主に従い、己も宴を楽しんだのだった。

2011.08.06.
 本日8月6日は旧暦の七夕でございます。 前月に書いた「祈念」に、来ている筈の尚隆が出てこなかったな〜 どうしてるのかな〜と思いつつ書き流しました。
 うん、それ以上構わなくていいと思うよ、浩瀚。お疲れさまでした。
 ふと気づくと2週間も更新しておりませんでした。 お茶濁しの小品で失礼いたしました〜。

2011.08.06. 速世未生 記
(御題其の百六十三)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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