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御題其の百六十四

彦星の胸の内

 今年の七夕は皆で祝います。

 隣国の女王の側近が早々に連絡を寄越した。伴侶の友たちの律儀さに、延王尚隆は唇を緩めた。
 七夕の夜には雲海の上から伴侶を訪ねる。ここ数年、そんな慣わしが続いていた。隣国の女王である伴侶との逢瀬は年に一度よりは多いが、それでも共に暮らせぬことは彦星と同じだろう。そんなことを思いつつ、尚隆は隣国の禁門を目指して空を駆けた。

 国主の執務室に辿りつくと、宮の主は友たちに見守られて短冊を認めている最中であった。尚隆は気配を殺して歩み寄る。伴侶の手許を覗きこんでいた女史と女御が歓声を上げた。

 七夕を皆で楽しめますように。

 ぎこちないながら、丁寧な手蹟で願い事が書き上げられている。その慎ましやかな願いに、尚隆は笑い含みに声をかけた。
「──その、『皆』の中に、俺は入っているか?」
 三人の娘たちは一斉に振り返り、目を見張って絶句した。それでも女史は、お早いお着きで、と小さく呟き、頭を下げる。伴侶はというと、転げ落ちそうなほど目を見開いたことなどなかったかのように応えを返した。
「勿論ですとも」
 その取り澄ました顔に、尚隆は遠慮のない哄笑を浴びせたのだった。

 庭院には笹が立てられ、様々な笹飾りや五色の短冊で綺麗に飾られていた。宴への参加を了承した宮の主が尚隆を促す。しかし、尚隆は首を振った。
「よい。俺が行ったら皆が緊張するだろう。ここで見て楽しむ」
 尚隆は笹の傍に立つ桂桂を見やった。その視線を辿り、伴侶は納得したように頷く。茶の支度をしてくれた女御に礼を言い、尚隆は三人を外へ行くように促した。

 宮の主の登場に、庭院は歓声と拍手に満ちた。景王陽子は今回の宴の提案者である桂桂に礼を述べる。頬を染める桂桂と陽子の遣り取りは微笑ましいものであった。
 胎果の女王は中嶋陽子の短冊に認めた願い事を披露した。笹の周りに集った人々は笑いさざめく。そして、皆も笹に吊るされた己の短冊を順番に読み上げ、七夕の宴は和やかに過ぎていった。そんなとき。

「よろしいのですか?」

 涼やかな声がした。珍しい男の登場に、尚隆は敢えて振り返らずに訊き返す。
「何がだ」
「主上は、皆で、と願いをかけておりますよ」
「充分楽しんでおるぞ」
 暗に宴への参加を促す冢宰に、窓の外を眺めたまま応えを返す。浩瀚は苦笑しつつも退っていったようだった。尚隆はそのまま蓬莱の行事を気の置けない側近たちと祝う伴侶を見守る。それに──。

 織姫と彦星の逢瀬は夜。ならば昼は織姫を慕う者たちに譲るが道理であろう。

 伴侶にすら言わぬ本音を隠し、尚隆は鮮やかに笑う織姫に手を振った。

2011.08.07.
 本日は北の国のほとんどの地域で七夕でございます。 短編「星祭」及び短編「祈念」・御題其の百六十三「七夕の宴」の尚隆視点である 御題其の百六十四「彦星の胸の内」をお届けいたしました。
 実はこのお話、今朝寝坊してアップを諦めたものでございました。 オチもなかったし題名も決まってなかったし……でお蔵入りしそうだったのですが、 本日拍手にて「尚隆の心情を知りたい」とのお声をいただきましたので、 続きを書いてみました。うわ、オチがつきました!
 というわけで、Iさま、リクエストをありがとうございました!  お蔭さまで今年の七夕に間に合いました〜。

2011.08.07. 速世未生 記
(御題其の百六十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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