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御題其の百六十九

深奥に射す光

 慶賀の祝典にて、大袞で正装した国主景王は鮮やかな笑みを見せていた。翠玉の瞳は翳りなく輝き、柔らかな光を放つ。慶を遍く照らす陽光の笑み。己の秘めた深奥にも射しこむその光を、冢宰浩瀚は眩しげに見つめていた。

 祝いの宴も終わる頃、浩瀚は主の伴侶に声をかけられた。いつもの如く飄々とした隣国の王は、笑みを湛えて低く囁く。
「浩瀚、いつかお前に言ったことがあるな。陽子あれは俺のものというわけではない」
 浩瀚は隣国の王を直視した。見つめ返すその瞳に嘲弄の色はない。延王尚隆は唇を歪めて続けた。

陽子あれは誰のものでもない。強いて言えば、慶のものだ。陽子あれの腕はいつも慶の国と民を抱きしめている」

 忘れるなよ、と言い置き、主の伴侶は踵を返した。新たに設えられた国主の伴侶用の宿舎に向かうその背を、浩瀚は静かに見送る。不思議と心が波立つことはなかった。

 主の微笑を思い返す。そう、あの細い肩はこの国を負い、あの細い腕は民人を抱きしめる。鮮やかな笑みで遍くこの国を照らす紅の女王が喪われなかったことに改めて感謝の気持ちが込み上げた。

 ありがとうございます。

 口に出せぬ想いを籠め、浩瀚は遠ざかる背に深く頭を下げた。

2011.10.30.
 探し物をしていたら発掘したので仕上げてみました。 中編「深奥」で削った一場面でございます。
 ブログはルビが出ない……。 でも、火狐とかも出ないのでおんなじかしら、と思ったり。
 「海の底」がグロいとかエグいとか言われているわけが解りかけた今日この頃でございます。

2011.10.30. 速世未生 記
(御題其の百六十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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