「目次」
「玄関」
御題其の百七十一
串風路裏にて
二人で堯天を歩いていた。街へ降りるのは久しぶり。しかも、伴侶と一緒だなんて。陽子の心は弾んでいた。人通りの多い広途、はぐれないように、と繋いだ手が温かい。それなのに。
気づけば伴侶が陽子を先導していた。隣国の住人である伴侶の、あまりにも物慣れた足取り。ともすれば、慶東国国主景王陽子よりも堯天の街に精通しているように見える。陽子は次第に不機嫌になっていった。
「こっちだ」
繋いだ手をいきなり引かれ、陽子は少し驚いた。伴侶はいつものように人の悪い笑みを浮かべる。
「こういう目立たない串風路にこそ、面白い店がある」
どうして隣国の王のくせにそんな所を知っているのか。そんな時間があるならば、会いに来てくれてもいいのに。そんな想いが頭を擡げ、陽子は不平を口にした。
「──気に入らない」
「何がだ」
「──あなたの言う面白い店って、いつも……」
「お前を楽しませているだろう?」
にやりと笑い、伴侶は軽口を叩く。その自信に満ちた貌が、今日はずいぶん気に障る。陽子は顔を蹙めた。
「気に入らない」
「だから何がだ」
「だって、慶は私の国なのに」
唇を尖らせて言い募ると、伴侶は僅かに目を見張った。陽子の子供っぽさに呆れたのだろうか。でも、言わずにはいられなかった。陽子は脹れっ面で横を向く。伴侶は苦笑して腰を屈めた。
目の高さを合わせて覗きこむ伴侶は、優しい貌をしていた。
不平不満を言ったはずなのに。
陽子は狼狽え、視線を外す。伴侶はくすりと笑い、陽子の唇を軽く啄ばんだ。
2011.12.03.
「常世語のお題(尚陽編)」より「目立たない串風路」の陽子視点をお送りいたしました。 さらに言うと、「6周年祭」で出した「ある乙女の秘かな夢」の陽子視点に当たります。 ワードを漁っていたら見つけたので仕上げてみました。
短時間で仕上げられるものはやはり連鎖妄想か視点違い(苦笑)。 取り合えず、冬仕様にするのに何も更新がないというのは……と 書き流したものなのでご勘弁くださいませ!
2011.12.03. 速世未生 記
(御題其の百七十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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