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「玄関」
御題其の百七十二
非日常茶飯
翻る緋色の髪を一心に追いかけていた。今日こそ襦裙を着せてみせる。強い決意で臨んだ。しかし、軽やかに走るその背は一向に近づかない。息切らす自分に腹が立つ。だからこそ、呼びかけることはできない。祥瓊は、疲れた足が縺れ、倒れそうになって初めて声を上げた。
「あっ……!」
それだけで、逃げていた筈の陽子が戻ってくる。転びかけた祥瓊を受けとめる腕は細い。けれど、この腕がいつも祥瓊を支えてくれる。
「ありがと……」
弾む息を抑えて礼を言う。陽子は祥瓊をじっと見つめた。その真っ直ぐな瞳に、祥瓊はどぎまぎする。頬が熱くなりかけたとき、陽子はふいと視線を外した。祥瓊を支えていた手が、肩に伸び、腕に移り、そしてそっと腰を抱く。
「――細いね、祥瓊」
「――!」
予期せぬ大胆な行動とは裏腹な淡々とした言葉。祥瓊は絶句して固まる。そんな祥瓊をふわりと抱きしめて、陽子は囁いた。
「――柔らかい」
私とは大違いだ。
吐息に混じった声がした。小さな溜息に隠された言に武断の女王の覇気はない。祥瓊は訝しげに陽子を見上げた。
「――陽子?」
「なんでもない、ごめん」
苦笑しつつも陽子はぶっきらぼうな応えを返す。その貌はいつになく淋しげで、黙って見過ごせるものではなかった。祥瓊は身体を離そうとする陽子に詰め寄り、挑戦的に見つめる。
「なんでもない様子じゃないわよ。これだけ人に絡んでおいてなんなの?」
祥瓊の強気な言葉に驚いたのか、陽子は目を見張った。祥瓊は黙して翠の瞳を見つめ続ける。やがて、陽子はばつが悪そうに笑って答えた。
「――私は、祥瓊のように、女らしくはなれないんだ」
照れくさそうに羞じらうその微笑に見蕩れ、祥瓊は言葉を失った。女らしくないなど、本気で言っているところが如何にも陽子らしい。祥瓊は笑いを止められなくなってしまった。そんな祥瓊を見て困惑する陽子は、可愛らしかった。
己を知らない美少女には、どう言えば真実が伝わるのだろう。綺麗にして鏡に映して見せる他に方法はないだろう。笑いを収めた祥瓊は、まだ呆然としている陽子の手を掴んでさっさと歩き出す。そして、本日の決意を首尾よく叶えたのであった。
2011.12.06.
11月の更新が二つしかないことに気づいてしまいました。 何してたかな〜と思い返したら、読書に明け暮れておりましたね〜。 有川さんを9冊、小路さんを4冊、RDG5、GH7……結構読んでますね。
「図書館戦争」読了余波でガールズトークを書きたくなったので、昇華してみました。 でも、私が書くと何かが違う……ような気もいたしますが(苦笑)、 お楽しみいただけると嬉しいです。
2011.12.06. 速世未生 記
(御題其の百七十二)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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