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御題其の百七十三

后妃のお役目

 玄英宮での宿舎は後宮となった。王后の住まいとされる北宮の一室が陽子の堂室である。足を踏み入れる度に気恥ずかしさを感じるその堂室で、伴侶は満面の笑みを見せた。
「雁にはお前を追い立てる政はないのだからな」
「うん、分かってる」
 金波宮での陽子は景王だから、どうしても仕事が優先となる。尚隆はいつもそれを揶揄するのだ。だから、陽子は頬を染めながらも素直に頷いた。雁にいる時には伴侶の意に沿うよう努力するつもりだった。

「後宮の主となったからには、延后妃としての役目を果たせ」

「延后妃の……役目?」
 延后妃、という言葉に、陽子は緊張を覚える。延王尚隆の公に認められた伴侶とは、即ち延后妃。頭では理解しているつもりだが、伴侶の口から直に聞くと、背筋が伸びる思いがした。それなのに。

「俺を退屈させないことだ」

 大国雁の国主は拍子抜けすることを平気でのたまう。陽子はがっくりと肩を落とした。
「なあに、それ」
「着飾って俺に侍っていればよい」
 延王尚隆は尚も軽口を叩く。真面目に聞いていただけに腹が立つ。袍を勧めた人物に襦裙を着るよう言われたくはない。陽子はきっと伴侶を睨めつけた。
「――それ以上言ったら帰るよ」
「後宮にいるときくらい俺の我儘を許せ」
「いつもいつも我儘なんだから。許さないよ」
「――つれないな」
「そろそろ我慢を覚えなさい」
「我慢してばかりではないか」
「何を我慢していると言うの?」
「今の今まで我慢していた」
 伴侶はそっと陽子を抱き寄せる。そういえば、今回は有無を言わさず陽子を抱きすくめるような真似をしてはいなかった。陽子は思わず笑い声を零す。
「笑い事ではないぞ」
 后妃の役目を果たせ、と低く呟いて、伴侶は陽子を抱き上げる。陽子は小さく頷いた。目と目を合わせると、伴侶は微かに笑んだ。少し緩んだ唇がゆっくりと近づいてくる。陽子は目を閉じて甘い口づけを受け入れた。

2011.12.14.
 甘めの尚陽をお送りいたしました。久しぶりに一気書きできました!
 いつもは削ってしまうとりとめのない遣り取りが存外に面白かったので そのまま載せてみました。如何なものでしょうか?  少しでもお楽しみいただけると嬉しく思います。

2011.12.14. 速世未生 記
(御題其の百七十三)

まつりさま

2011/12/14 21:07
 日頃の何気ないやり取りって、いいですね。

未生(管理人)

2011/12/15 10:14
 まつりさん、いらっしゃいませ〜。
 とりとめのない遣り取りをお気に召してくださってありがとうございます!  書いた甲斐がございました〜。
 どうぞまたいらしてくださいね。メッセージ、ありがとうございました!
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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