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御題其の百七十六

きらきら

 冷え込みの厳しい夜だった。窓の玻璃にはびっしりと白い霜がついている。これでは雪明りが見えない、と呟いて、伴侶は気軽に窓を開けた。その途端、冷たいというよりも凍れるというべき寒気が足許に雪崩落ちる。伴侶は小さな悲鳴を上げた。尚隆は苦笑を浮かべ、煌めく星々を切り取ったように見える開け放たれた窓を閉めた。
「こんな夜に窓を開けるなど、無謀過ぎる」
「だって、雪明りは中から見るものなのでしょう?」
 冬と雪を好む伴侶は唇を尖らせた。濡れ髪のまま凍てつく外に出たこともある伴侶だ。窓を開けるくらいはするだろう。そう分かっていながら小言を止められない。が、拗ねて横を向く伴侶を眺め、尚隆は唇を緩めた。
「今宵の星と雪も綺麗だが、この分では、明日にはもっと綺麗なものが見られるぞ」
「え、何?」
「それは明日のお楽しみだ」
 今日は俺を楽しませろ、と抱き寄せる。伴侶は膨らませていた頬を朱に染めて小さく頷いた。

 熱い夜は疾く過ぎて、空が白み始めた。そうして冬の淡い陽が昇る。目を覚ました伴侶は期待に満ちた目で尚隆を見つめた。焦るな、と声をかけて、ゆっくりと朝食をとる。伴侶はその間もずっとそわそわしていた。
「――さて」
 支度をしよう、と言う前に伴侶は立ち上がる。尚隆は苦笑しつつ、防寒を怠らぬよう伴侶に告げた。

 外に出ると、身を切るような凍気が二人を出迎えた。仄白い空に雲はない。隣で伴侶が感嘆の溜息をついた。目をやると、朝陽に照らされて、まだ誰も足を踏み入れていない雪原が銀色に輝いている。眩しげに目を細めた伴侶は、不意に首を傾げた。
「あれ?」
「気づいたか」
 尚隆は破顔する。そう、光っているのは雪原だけではないのだ。伴侶は目を見張り、それから嬉しげに顔をほころばせた。
「ダイヤモンド・ダスト……」
「金剛石の塵?」
 確かに凍気が煌めく様は金剛石の輝きに似ているが。怪訝な顔を向けると、伴侶はにっこりと笑んだ。
「あちらでも寒い地域では見られる現象なんだ。固有名詞だよ、ダイヤモンド・ダスト。初めて見た」
 翻訳されるって便利だけどちょっと厄介だね、と伴侶は苦笑する。それからまた目を細めて煌めく凍気に見入った。尚隆はそんな伴侶に笑みを向けた。
「さて、お前ならこれに何と名をつける?」
 少しの間、伴侶は黙した。それから、鮮やかな笑顔で尚隆を見上げる。

「きらきら、だね。ほんとうにきらきらして綺麗だから」

 そう言う伴侶は極寒を忘れさせるほど美しい。珍しいものを見せた甲斐があった、と尚隆は胸でこっそり呟くのであった。

2012.02.02.
 本日の最低気温は−10.4℃。 隣街は−14.3℃、私の体感は−10℃でございました。 買い物に出て戻り、太陽が出て暖かいと思いましたが、 12時の気温はなんと−6.4℃。 全然寒く感じません〜。いや、陽光のせいもあるのですが……。 中心部より2℃は確実に低いと言われるこの地、−8℃ですか?  ああ、慣れって怖い。
 先日、隣街にお住いの作家さんが「薄日にダイヤモンド・ダストが綺麗です」 と呟いていらっしゃいました。ほえ、お隣で見られるの!? と驚愕いたしました。
 ダイヤモンド・ダストとは、 空気中の水蒸気が昇華して起こる細氷現象が陽光に照らされ輝く様をいうようでございます。 気温が低く、風がなく、湿気が多い状態で見られます。 昔、故郷の町でよく見ましたね〜。 気温低く風弱く、通学路が川沿いにあったためでしょうね。
 そんなわけで、昔を懐かしんで書いた小品でございました。 お楽しみいただけると幸いでございます。

2012.02.02. 速世未生 記
(御題其の百七十六)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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