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御題其の百七十七

いのり

 蘭玉。

 温かな笑みと優しい手を持つ少女。初めてできた同じ年頃の女友達。亡くしてしまった大切な人。あの時、里家にいたならば。何度思ったことだろう。けれど、いくら悔いても時は戻らない。喪われた者が戻ることはない。今できるのは、祈ることだけ。

 喪われた魂が、安らかでありますように。

 陽子は目を閉じて一心に祈った。やがて。

「そろそろ支度を」
 友たちの声が陽子を現に戻す。陽子は入ってきた女史と女御の目を向け、鷹揚に頷いた。
「ああ、頼む」
「ずいぶん素直なのね」
「今日は特別」
 郊祀だからね、と続けると、祥瓊と鈴は息を呑んで黙した。陽子はそんな二人に笑みを送る。

「今日は、きちんと正装して王の責務を果たすよ」

 郊祀、それは王が自ら神を祀り、国家の鎮護を願う行事である。堅苦しい恰好も行事も苦手だった。けれど、それで国を護れるならば。この身を捧げて祈ることで、民を守ることができるなら、真摯に向き合おう。
 起こると分かっていた内乱を止められず、多くの犠牲を出してしまったのは、己が未熟だったせいだ。喪った者は戻らない。だから、二度と喪わずに済むよう努力を積み重ねたい。心からそう思う。
 大切な者を喪う苦しみを知る二人の友は、黙して頷く。そして、厳かに正装の着付けを始めた。
「――行ってくる」
 友たちに宣し、景王陽子は堂室を出る。先刻は、人として蘭玉のために祈った。正装した今は、王として民のために祈る。

 国に安寧を――。

2012.03.12.
 昨日は小路幸也さんのサイン会に行ってまいりました。 311ということで、ご本人が、 サイン会に来た人数×本の代金分の寄付すると明言されました。 印税分ではなく、本の代金でございます。甚く心を打たれてしまいました。 当日購入の本ならば何冊でもサインします、とのことでしたので、 指定のもの以外に(文庫ですが)3冊購入してサインをお願いしました。 「沢山ありがとうございます」とのお声をいただいてしまいました。

 311、午後2時46分、中心部のお店にて黙祷を捧げました。 賑やかななお店の喧騒が、その時だけは静まりました。

 「私にできることなんか何もない」――昨年もそう思いました。 けれど、小さくてもできることをしたい、そうも思いました。 小路さんの作品に癒しをいただいております。 また、昨年の311に更新してくださった方やその後に更新してくださった方々にも 随分心慰められました。 こんな片隅のサイトでも発信することで何かを残せるならば、と願って已みません。

2012.03.12. 速世未生 記
(御題其の百七十七)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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