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御題其の百七十八

(末声及び利陽注意!)

優しい風

 夢を見た。あのひとが笑っていた。それだけで、泣きたくなるほど嬉しかった。

 目が覚めると、温かな腕の中にいた。あのひとは、もういないのに。目を向けると、穏やかな寝顔があった。今の陽子を支えてくれる、稀有なひと。

「──王さまの耳はロバの耳……」
 くすりと笑い声がして、陽子は抱き寄せられた。声に出したつもりはなかったのに。上目遣いに見つめると、利広は柔らかに笑んでいた。話してごらん、と目が語っている。優しいひと──。
「もし……子供が産めたなら……」
 それ以上言ってはいけない。よくよく分かっている。でも、このひとは、いつも黙って陽子の話を聞いてくれる。今も、陽子の髪を弄びながら、待つとはなしに待ってくれている。だから、つい、喋りすぎてしまう。
「あのとき、あなたを受け入れなかっただろう……」
 うん、とひとつ頷いて、利広は朗らかな笑みを浮かべる。見た刹那、陽子は泣きたい気持ちになった。口に出した言葉全てを取り戻したい。そんなことはできるはずもないのに。

 ごめんなさい。

 そう告げたかった。けれど、開きかけた唇は呆気なく塞がれた。抱きしめる腕が力強く語りかける。謝る必要はない、と。
 消えない悔いを抱えたまま、慈愛に満ちた瞳を見つめる。頭を撫でる手は、ただ温かい。口に出せない想いを籠め、陽子は優しい風に淡い笑みを返した。

2012.04.24.
 御題其の百四十五「刹那の想い」陽子視点でございます。 ワードを漁っていただ出てまいりましたので、仕上げてみました。
 4月に入って生活パターンが変わりました。 朝起きる時刻は変わらないのですが、起きてすぐに稼働しなければならず、 朝一PC前にゆっくり座れません。 ああ、まだペースが掴めぬままでございます。
 そんなわけで、祭の方にもあまり手をかけられず、 こちらは放置状態で大変失礼いたしました。 リハビリ的小品ではございますが、お楽しみいただければ嬉しく思います。

2012.04.24. 速世未生 記
(御題其の百七十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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