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御題其の百七十九

鈴蘭の涙

 俯く顔が愁いを帯びる。小さな手を見つめる眼差しが揺れた。そして瞳に滲む涙。はらり、と微かな音を立てて零れる雫は鈴蘭のように美しく、尚隆は思わず息を呑んだ。
 後ろから伴侶を抱きしめて慰めたい。女王の静謐な時間を邪魔してはいけない。
 せめぎあうふたつの想いを抱き、尚隆は夜闇に気配を殺して佇む。今できることは、目を逸らさずにいることだけ。それがこんなにも難しいとは――。
 やがて、陽子は顔を上げる。夜空を見上げ、淡く笑むその貌は、やはり美しい。ゆっくりと振り返り、女王は伴侶の顔をして尚隆を呼んだ。

「ありがとう……」

 小さく囁いて、伴侶は尚隆に身を寄せた。何も言えず、少し冷えた身体を抱きしめる。もう一度、微かな声がした。
「そこにいてくれて……ありがとう」
「――鈴蘭のようだった」
 低く呟くと、伴侶は怪訝な貌をした。まだ少し潤む瞳が輝きを増す。鈴蘭のように儚げだった姿を惜しみつつも、女王の勁さを愛おしく思う。尚隆は未だ小首を傾げる伴侶に笑みを送る。そして、何か言いかけた朱唇にそっと口づけを落とした。

2012.06.04.
 いつも拍手をありがとうございます。 絶賛ログ作成中でてんやわんやでございましたが、創作意欲をいただきました!  はい、久々の更新でございます。 祭跡地を格納しようと思ったのですが、ただ仕舞うのも何かなと思いまして(苦笑)。 また、なんだか尚陽が恋しくなってせいもございますね〜。
 先日、写真屋が鈴蘭を貰ってまいりました。 1輪でも可愛かったのですが、どうせならもっと飾ろうと庭のものも摘んでもらいました。 よい香りでございました。それが、そろそろ散りかけております。 はらりはらりと俯く美女の涙のように散るのが物悲しくて、ついつい書き流しました。 お楽しみいただけると嬉しく思います。

2012.06.04. 速世未生 記
(御題其の百七十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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