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御題其の百八十一
七夕を前に
開け放たれた窓から爽やかな風が吹きこむ。景王陽子はふと手を止め、窓の外に視線を移した。
庭院に笹が揺れていた。今年も七夕の時季が近づいている。五色の短冊を飾りつけられた笹に目をやり、陽子は軽く溜息をつく。今年も側近たちが願い事を書いた短冊をそれぞれ笹に下げた。その光景も毎年のこととなって久しい。けれど。
そこにいるはずの者が、今年はいない。喪失感が胸を穿つ。陽子は重い溜息をついた。
「如何なされましたか」
不意に話かけられて、陽子はびくりと肩を揺らす。涼しげな声は笑いを含んでいた。陽子は眉根を寄せて己の股肱を睨めつける。
「なんでもない。仕事なら順調だが、冢宰自ら何の用だ」
国主の勘気にも怜悧な冢宰は動じない。いつもながらの穏やかな笑みを浮かべ、浩瀚は恭しく拱手する。そして、懐から書簡を取り出して陽子に差し出した。
「――これは?」
どうぞご覧ください、とばかりに浩瀚は再び頭を下げる。陽子は嘆息しつつ書簡を開いた。中に入っていたのは、細長く切られた美しい料紙。小さく息を呑み、陽子は短冊に見入った。
陽子の願いが叶いますように。
懐かしい文字で書かれたいつもの言葉。蓬莱の行事である七夕を皆で祝えるようにしてくれた、弟のような養い子の顔が鮮やかに浮かんだ。
「桂桂……」
陽子は料紙をぎゅっと抱きしめた。瑛州の少学へと旅立っていった蘭桂が、今年も七夕の短冊を用意してくれたのだ。
元気です、庭院の笹に飾ってください。
短い手紙は蘭桂が過ごす忙しい日常を告げる。陽子はにっこりと笑んで頷いた。
「仕事が終わったら、この短冊も笹に飾るよ。届けてくれてありがとう」
下官のような使いをしてくれた冢宰は、涼しげに笑んで頭を下げた。
2012.07.06.
連作「七夕」に含まれる小品をお届けいたしました。 書きながら、閣下はいったい誰からこの手紙を奪ったのだろう、 と邪推してしまいました〜。お粗末でございました。
2012.07.06. 速世未生 記
(御題其の百八十一)
ネムさま
2012/07/08 22:12
これは「サクラサク」の続編ですか?
未生(管理人)
2012/07/09 06:00
ネムさん、いらっしゃいませ〜。
実はあまり考えないで書き流した小品でございます。 一連の七夕話に含まれるものですが、時系列的には、 今年の桜祭第1弾「さくらさく」後の七夕になると思います。 書くものが悉く繋がっていてごめんなさい〜。 でも、気づいていただけて嬉しいです。
メッセージ、ありがとうございました。
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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