「目次」 「玄関」 

御題其の百八十二

冢宰の密かな楽しみ

 今年も七夕の笹が庭院に立てられた。女史と女御が美しい料紙で作った短冊を王と側近に配った。これからそれぞれが五色の短冊に願い事を認め、笹を彩るのだ。しかし。
 主の顔は冴えない。毎年楽しみにしている七夕が近いというのに。手許の短冊を眺めては溜息をつき、庭院の笹に目をやっては愁い顔を見せる。その姿は、傍に控える浩瀚をも憂えさせるものであった。
 やがて、主の朱唇が微かに動いた。淋しげに笑み、小さく首を振る。まるで、想いを断ち切るかのように。溜息のわけを悟った浩瀚は微笑する。そうして主の愁いを晴らすべく手配を急いだ。

 それから日が経って、庭院の笹は沢山の短冊が下げられ、重そうに揺れていた。窓の外を眺めていた主は、重い溜息をついた。
「如何なされましたか」
 浩瀚が声をかけると、主は細い肩をびくりと揺らした。そのまま顔を蹙めて浩瀚を睨めつける。
「なんでもない。仕事なら順調だが、冢宰自ら何の用だ」
 浩瀚は主の勘気を笑みで受け、恭しく拱手した。そうして懐から取り出した書簡を差し出す。
「――これは?」
 訝しげに問う主に、浩瀚は再び深く頭を下げる。小さな溜息をついた主は、諦めたようにゆっくりと書簡を開いた。浩瀚は顔を上げ、黙して主を見守る。主は小さく息を呑み、中に入っていた美しい料紙を見つめた。引き結ばれていた朱唇が見る間に緩む。

「桂桂……」

 主は短冊を抱きしめた。蓬莱の行事である七夕を胎果の女王のために皆で祝おう、と女王の側近を動かし、自ら短冊を配って回った桂桂。今は瑛州の少学に進学し、金波宮を出た養い子からの消息は、主の心に適ったようだ。浩瀚は己も唇を緩ませた。

「仕事が終わったら、この短冊も笹に飾るよ。届けてくれてありがとう」

 主は浩瀚を見つめ、弾んだ声で礼を述べた。臣に謝辞を惜しまぬ女王。その鮮やかな笑みこそが浩瀚を動かす。首尾よく主の愁いを払った浩瀚は、微笑を浮かべて頭を下げた。

2012.08.07.
 本日は北の国の七夕でございます。 先月書き流しました「七夕を前に」を思い出し、 浩瀚はどうやってあの書簡を手に入れたのだろう? と疑問に思ったところ、 桂桂に短冊を送ったのは己だ、と誇らしげに語ってくださいましたので 書き留めてみました。
 先月ご反応くださいましたJさま、 妄想を誘うお言葉をありがとうございました〜。

2012.08.07. 速世未生 記
(御題其の百八十二)

饒筆さま

2012/08/09 22:30
 おお! ご自分で手配なさっておいでだったのですね、閣下!  さすが抜け目なく得点を稼ぐ「気配りの男」でございます。
 拙者、てっきり老師や鈴ちゃんから掻っ攫ったんだとばかり……(ゲホゲホ)。 下種の勘ぐりで申し訳ありませんでした(笑)。
 それにしても、陽子さんの優しさが、満天の星のように穏やかに光っていますね〜。 桂桂の励みにもなったことでしょう、頑張れ若者!
 こちらも嬉しくなるようなお話をありがとうございました♪

未生(管理人)

2012/08/10 11:54
 饒筆さん、いらっしゃいませ〜。
 いえいえ、最初に私が「誰から奪ったんだろう?」とコメントしたのですよね。 さすが閣下は一枚上手でございました。 私が返り討ちに遭っちゃいました(苦笑)。
 こちらこそ嬉しいご感想をありがとうございました!
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「目次」 「玄関」