「目次」 「玄関」 

御題其の百八十四

天から

 冷たい雨が降る。身を切るような雨が、容赦なく叩きつけてくる。目指す街はあと少し。伴侶の言葉に、陽子は小さく頷く。伴侶はそんな陽子の手を取り、笑みを見せた。
「晩秋の雨は冷たいな」
「この雨はもう冬のものだよ」
 こんなに冷たいんだもの、と陽子は伴侶を見上げて続ける。伴侶はにやりと笑んで思いがけないことを言った。

「それはお前の常識だ。ここでは、冬に雨が降ることはない」

 聞いて陽子は目を見張る。それから天を振り仰いだ。大粒の雨が陽子の顔を叩く。ここではこの冷たさも秋のものなのか。そう思うと感慨深かった。やがて。
 降り続ける雨に色がつく。目の前が白く染まり始める。そうして雨粒は舞い踊る牡丹雪へと姿を変えていく。陽子は思わず声を上げた。
「尚隆、今、冬が来たよ!」
「とうとう追いつかれたな」
 街はすぐそこだったのに、と伴侶は苦笑する。陽子は足を止めて伴侶を見つめた。
「――逃げてたんだ」
「こら、止まるな。門が閉じてしまう」
 繋いだ手を強く引かれ、陽子は再び歩き出す。降りしきる雪が、夕暮れを明るく照らしていた。目指す街の門を潜り、一息ついた陽子はふと気づく。雨音が絶えていた。
「――音が呑まれてる」
「きっと積もるぞ」
 踊り狂う白く冷たい花びらを見つめ、伴侶は楽しげに笑んだ。

2012.11.24.
 先日大雨の中出かけて正にこんな体験をいたしました。 勿論傘は差しましたが。毎年冬の初めには雪の美しさに息を呑みます。 そのうち、うんざりしてしまうのですけれど、ね。
 リハビリ小品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2012.11.24. 速世未生 記
(御題其の百八十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「目次」 「玄関」