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御題其の百八十五
静やかな夜
振り向くと、伴侶が物言わず見つめていた。訝しげに見つめ返すと、翠玉の瞳が潤み始めた。引き寄せて抱きしめたい気持ちを抑える。それは、伴侶がその身に緊張を纏っているからかもしれない。
ただ、見守るだけ。それしかできない。
歯がゆくもあるが、潤んだ瞳は他の誰にも見せることがない、女王の弱さでもある。だから、尚隆は黙して翠の宝玉を見つめた。やがて。
一粒零れた雫を恥じるかのように、伴侶は尚隆の胸に顔を埋める。そっと抱きしめて背を撫でた。肩の震えが止まるまで、ずっと。悩める女王が緊張を解くまで、ずっと。
細い身体が力を抜いたとき、尚隆はゆっくりと伴侶を抱き上げて榻に腰かけた。膝の上に乗せられた伴侶は何も言わずに目を閉じる。尚隆に身を預け、穏やかな顔をしていた。そのままゆったりと抱きしめる。程なく、密やかな寝息が聞こえた。
腕の中で眠る伴侶を起こさぬように抱き上げる。静かに牀へと運び、己も身を横たえた。力が抜けた華奢な身体を抱き寄せて、頬にそっと口づける。
こんな静やかな夜があってもよい。
そう思える己の殊勝さに、尚隆はひとり笑みを浮かべた。
2012.12.06.
一言も言葉を交わさず、手を出すこともないかの方の姿が浮かびました。 どんな状況だか解らずに、しばらく放置いたしました。 昨日「スノーフレーク」を読了し、陽子視点を書き流し、ほう、と納得。 うん、たまにはこんな夜があってもよいかも。
というわけで、「スノーフレーク」とは全く関係のない内容ではございますが、 高校生のピュアな想いに絆されたとお思いくださいませ。
2012.12.06. 速世未生 記
(御題其の百八十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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