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御題其の百八十八

雁国主従の日常会話

 玄英宮はざわついていた。またも国主が姿を晦ましたらしい。取り敢えず冬至の祭礼は終わったのだから、王などいなくてもよかろうものを。延麒六太は小さく息をついた。王気はまだ宮の中に感じる。しかも、自室だ。側近たちは何をやっているのだろう。六太は苦笑を浮かべつつ、主の私室へと向かった。

 延王尚隆は騎獣を連れて露台に出るところだった。雲海の上から出奔する気だったらしい。となると、行き先など決まっている。六太はにやりと笑い、大きな背に声をかけた。
「今夜は贈り物を持って行けよ。特別な日だから」
 尚隆は振り返らない。頑なな背が、邪魔をするな、と言っているように見え、六太は破顔する。こんな日に横槍を入れるほど野暮ではない。麗しき紅の女王のかんばせを翳らせることにもなるのだから。
「陽子によろしくな」
 そう続けると、尚隆は怪訝な貌をして振り返った。六太は片目を瞑ってみせる。漸く肩の力を抜いた尚隆は、にやりと笑って片手を挙げた。そのまま蒼穹へ舞い上がる主を、六太は笑みを浮かべて見送ったのだった。

 胎果の女王が蓬莱の行事を楽しげに語ったのはいつのことだったろう。いつか伴侶とふたりで過ごしたい。声に出さない密かな願いが聞こえたような気がした。簡単に叶うはずのない望みと知っている。だから、六太は敢えて何も言わなかった。

 陽子、あいつ、そっちへ行ったぞ。お前の驚く貌、おれも見てみたかったけどな。今日は遠慮しとく。

 胸に思い浮かべた女王は、花のように美しく笑んだ。

 明くる日、六太は執務室でおとなしく政務をこなしていた。晴れやかな王気が近づいてくる。
「ちゃんと贈り物を持っていったか?」
 顔も上げずに訊ねる。すると、押し殺したような笑い声がした。堪らず手を止めて見やると、尚隆は意味ありげな貌で六太を見つめている。
「――なんだよ、気持ち悪いな」

「手ぶらを謝ったら、素敵な贈り物をありがとう、と言われたぞ」

 にやりと笑うその貌があまりにも得意げで、六太はがっくりと肩を落とす。尚隆は満足げな高笑いを残して出ていった。
「――惚気かよ。まったく、しょーもねえ奴だ」
 呆れながらも、六太は肩を竦めて笑った。なんだか微笑ましい。こいつのこんな貌を見られるのも、陽子のお蔭だよな、と六太はひとりごちたのだった。

2012.12.29.
 御題其の百八十七「めりーくりすます」の六太視点をお送りいたしました。 妄想を誘うご感想をいただいてジタバタしていたところ、 更に「RDG」最終巻を読んでワードを開けたくなったのでございました。 因みに内容は「RDG」とは全く関係ございません(苦笑)。
 Nさま、萌えをありがとうございました〜。

2012.12.29. 速世未生 記
(御題其の百八十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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