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御題其の百九十

雪華紅花

 針葉樹の並木道は見事に白一色だった。時折飛び立つ鳥が散らす雪は銀色に輝きながら舞い降る。伴侶は立ち止まったまま、ずっとそんな景色を眺め続けていた。

 白銀の世界に立つ紅髪の女王は、柔らかな笑みを浮かべている。武断の王のそんな無防備な姿を見られること自体は嬉しい。しかし、何事にも限度というものがあろう。そろそろ己を視界に入れてほしい。さて、この想いをどうやって伴侶に伝えようか。尚隆はしばし考えを巡らせた。やがて。
 悪戯を思いつき、尚隆はほくそ笑む。そっと雪を手に取り、雪玉を作った。そして、伴侶の名を呼ぶ。振り返る伴侶めがけて軽く投げると、雪玉は細い肩に当たって落ちた。伴侶は目を見張り、尚隆を見つめ返す。びっくりした、と呆れる伴侶に言い訳を告げた。
「――じっとしていると身体が冷える」
 怒るかと思いきや、伴侶はにっこりと笑って駆け出した。尚隆は驚き後を追う。転ぶぞ、と声をかけても伴侶は足を止めない。それどころか大きな声で返してきた。
「そう簡単に転ばないよ」
 小生意気な口を叩く伴侶を捕まえようと手を伸ばす。そのときだ。前を行く伴侶が突然伸び上って樹の枝を掴んだ。すぐに手を離して駆け去る伴侶を舞い散る雪が隠す。冷たい雪はあっという間に尚隆を白く包んだ。

「さっきのお返しだよ!」

 得意げな声。見るとそこには紅の花がほころんでいた。白一色の世界をこうも鮮やかに染め上げる麗しき女王。頭に雪を載せた尚隆は、見蕩れてしばし動きを止めたのだった。

2013.02.24.
 気づくと1ヶ月以上も更新が滞っておりました。 うわぁ、こんなに間が空いたのは初めてかもしれませんね〜(苦笑)。 そんなわけでリハビリ小品でございます。 陽子で書き始めたものが纏まらなくて視点を変えてみました。 北国の冬の情景をお楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2013.02.24. 速世未生 記
(御題其の百九十)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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