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御題其の百九十四

秋去冬来

 晩秋の雁に冷たい雨が降りしきる。このまま降り続けば、そのうち雪へと変わるだろう。それくらい気温が下がっていた。冬に追いつかれる前に今晩の宿泊地へ辿りつけるとよいのだが。そう思いつつ、尚隆は隣を歩く伴侶に声をかけた。
「目指す街はあと少しだ」
 陽子は黙して頷く。尚隆はその小さな手を取り、笑みを向けた。
「晩秋の雨は冷たいな」
「この雨はもう冬のものだよ。こんなに冷たいんだもの」
 伴侶は尚隆を見上げて反論した。そう、陽子は温暖な慶の者だ。北国に住まう尚隆とは感覚が違う。尚隆はにやりと笑み、それはお前の常識だ、と応えを返した。
「ここでは冬に雨が降ることはない」
 そう続けると、伴侶は翠の目を大きく見開き、大粒の雨を落とす空を振り仰いだ。尚隆は苦笑して歩く速度を落とす。こういう時、伴侶は気が済むまで観察をしたがるのだ。そんな様を眺めることも、尚隆にとっては一興であるのだが。やがて。
 視界が白くなってきた。容赦なく叩きつけていた雨は、踊り狂う牡丹雪へと姿を変えていく。伴侶は歓声を上げた。

尚隆(なおたか)、今、冬が来たよ!」

 秋から冬へと季節が移った。その瞬間を目にした伴侶は興奮している。そんな可愛らしい伴侶に目を細めつつも、尚隆は苦笑を返す。
「とうとう追いつかれたな。街はすぐそこだったのに」
「――逃げてたんだ」
「こら、止まるな。門が閉じてしまう」
 目を見張って足を止める伴侶の手を強く引いて促す。そして、尚隆は再び歩き出した伴侶とともに目指す街の門を潜った。夕闇に呑まれかけていた街が降りしきる雪に照らされて浮かび上がる。伴侶は嬉しげにそれを眺めていた。やがて。
「――音が呑まれてる」
 雨音はいつの間にか途絶えていた。雪は音もなく降り続ける。秋が去り、冬が来た。伴侶が好む北国の冬が。
「きっと積もるぞ」
 舞い降る牡丹雪を眺めそう言うと、伴侶は期待に満ちた笑みを見せた。

2013.11.11.
 一昨日、我が街に初雪が降りました。とうとう冬に突入でございます。 サイトを冬仕様にするために書き流した小品、 昨年出した御題其の百八十四「天から」の尚隆視点でございます。
 いつものことながら、視点が違うと見えてくるものが違って面白いです。 お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2013.11.11. 速世未生 記
(御題其の百九十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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