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御題其の百九十五

(18歳未満お断り)

夢と現

「──夢を見た」

 潤んだ眼を上げて、伴侶は掠れた声で呟いた。小さな手がそっと背に回る。尚隆は微笑を浮かべ、哀しい夢か、と問うた。伴侶は軽く首を横に振る。そして、微かな声で続けた。

「──ううん、楽俊が巧の王になった夢」

 ほう、お前はそれを喜べないのか。

 そう思いつつ、尚隆は別な言葉を口にした。
「嬉し泣きではなさそうだな」
 聞いた伴侶は素直に頷き、また涙を零す。楽俊に、おめでとう、と言えなかった、と。尚隆は肩を震わせる伴侶を抱き寄せて頭を撫でた。
「夢なのだろう?」
 揶揄しながらも、尚隆は唇に笑みを浮かべたままでいた。未だ王であることを厭う、欲のない伴侶。愛おしさが募っていく。肯定の言葉を口にして、低く呟いた。
「王だからこそ、言えぬ言葉もある」
 伴侶は声なく頷いた。そして、楽俊の貌を憶えていない、と溜息のような囁きを漏らす。夢だからそれでよい、と返すと、尚隆に細い身体を預けて呟いた。
「夢でよかった……」
「夢で終わればよいな」
 そう応えを返し、半開きの朱唇を啄んだ。眼を閉じた伴侶の頬を、無防備な涙が伝っていく。尚隆は微笑して零れた滴を己の唇で拭った。睫、頬、唇へと順に口づけを落とす。
「──俺のことだけ考えていれば、夢など見ないぞ」
 甘く囁くと、伴侶は淡く頬を染めた。華奢な身体をきつく抱きしめ、尚隆は微笑する。そして、存分にその朱唇と柔肌を味わった。

2013.12.06.
 探し物をしている時に見つけた、書いたことすら忘れていた小品でございます。 オマケ拍手其の二十九「夢と現」、2006.08.17.にアップしたものでございました。 拍手は誤ってファイルを全消去したことがございまして、 それで忘れてしまったのでしょうね〜。
 「夢現 第四夜 登祚」の尚隆視点で、 御題其の三十三「見守る瞳」の続編でもございます。 オマケ拍手にしてはおとなしいので、開き直って御題にしてしまいました(笑)。 とはいえ、書いたのが7年も前なので、かなり加筆修正はいたしましたが。
 甘い尚陽をお楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2013.12.06. 速世未生 記
(御題其の百九十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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