「目次」
「玄関」
御題其の百九十九
供王の感想
「――伏礼の仕方を覚えたのね」
供王珠晶の紅い唇から率直な感想が洩れた。侮蔑的に聞こえるかもしれない。この場に供麒がいたならば、恐らく咎められたことだろう。しかし、真実そう思ったのだから、珠晶は己の発言に頓着しない。眼前に叩頭する娘は、はい、と明確な応えを返した。
「顔を上げなさい」
声をかけると、紺青の髪を持つ娘はゆっくりと面を上げた。その紫紺の瞳は澄み渡り、かつて見せた高慢さも卑屈さもない。珠晶は視線で娘を促した。
「――かつて知ろうとしなかったことを知りました。そんな機会を与えてくださった供王さまに感謝申し上げます。同時に、芳国恵州侯と我が主上にも」
芳国元公主祥瓊は厳かにそう述べて再び深く頭を垂れた。かつて、謝罪のために恭国を訪れた孫昭は、徹頭徹尾毅然としていた、との報告を受けた。この目で見なければ信じられない。あのときはそうひとりごちた珠晶であった。今、目の前に礼を尽くす元公主がいる。珠晶は感嘆の溜意をついた。
「――人は、変われるものなのね」
珠晶は伏礼する祥瓊に歩み寄り、笑みを浮かべて手を差し伸べる。顔を上げた祥瓊は大きく目を見張り、やがて美しい涙を零した。
ありがとうございます。
声にならない言葉が聞こえるような気がする。そのまま動かない元公主の手を取り、珠晶は苦笑交じりに声をかけた。
「あなたは景王のお友達なのでしょう。一緒に宴の席に着きなさい」
祥瓊は珠晶の手を押し頂き、はい、小さな声で応えを返した。珠晶は軽く目を見張る。それから動揺を見せないように毒づいた。
「――大袈裟ね」
祥瓊は立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべて涙を拭いた。美しいがそれだけだった顔が、まばゆく輝いて見える。ほんとうに、人はここまで変わることができるのだ。珠晶は感慨に耽る。そして、若き女王が心配そうにこちらを窺っていることに気づいた。
珠晶は口角を上げ、宮の主に目礼を返した。景王陽子は緊張を緩め、鮮やかな笑みを浮かべる。それから、深々と頭を下げた。珠晶はまたも目を見張った。
景王はほんとうに祥瓊を友人だと思っているのだ。臣を友と見做すなど、利広の言うとおり変わったひと。
珠晶は呆れながらも苦笑を浮かべる。
あなたは、きっと善い国を作っていくのでしょうね。
供王珠晶は胸で密かにそう囁いた。
2014.02.28.
いつも拍手をありがとうございます。励みになります〜。
小品「桜の頬」の珠晶視点でございます。 拍手其の三百五十九「供王の微笑」及び 三百六十八「供王の苦笑」を改稿してもってまいりました。
オフがわたわたしていてなかなかワードを開けられません。 お茶濁しの更新ではございますが、お楽しみいただけると幸いでございます。
2014.02.28. 速世未生 記
(御題其の百九十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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