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御題其の二百

夜半(よわ) の月

「――夜がこんなに暗いなんて、知らなかった」

 宵闇に紛れそうな小さな声。尚隆は首を巡らせて隣を歩く陽子を見下ろす。月が照らすその横顔は、物憂い陰影を描いていた。その一言は、尚隆の胸に、蓬莱で見た、数多の光を映す、夜とは思えぬ明るい空を思い起こさせた。声はぽつりぽつりと続く。

「山陰の月すら明るく見えた……」

 道を明るく照らす月を見上げ、陽子は小さな溜息をつく。何も知らずに連れてこられた陽子にとって、こちらの世界は驚愕に満ちたものだったろう。それは、今のあちらを垣間見た尚隆にとって想像に難くなかった。問わず語りを始めた陽子もそう思っているに違いない。

「山には、白く浮き上がる樹があった……」

 野木の傍では妖魔に襲われることはないと学んだ。そう呟き、陽子は口を噤む。夕闇が全て呑みこんだかの如く静かな道で、登極前の辛い日々を思い出すもう一人の王。尚隆はくすりと笑って問いかけた。

「夜が暗いわけを知っているか?」

 陽子は訝しげに尚隆を見上げる。その瞳を覗きこみ、尚隆はにやりと笑った。

「寄り添うためだ」

 細い肩を引き寄せてそう告げた。陽子は翠の眼を大きく見開く。お前はもう独りではない。想いを籠めて見つめると、陽子は脱力したように唇を緩めた。そうして、戸惑いつつも口を開く。

「じゃあ、月が明るいわけは?」
「ふたりで見上げるためだ」

 尚隆は即座に本音を返す。陽子は小さく笑った。そのまま頭を尚隆の肩に預ける。そして、柔らかな声がした。

「あなたといると、悩んでいるのが莫迦らしくなる」

 陽子はそのまま楽しげに夜半の月を見上げる。尚隆はそんな陽子をそっと抱きしめた。

2014.05.13.
 いつも拍手をありがとうございます。久々の御題でございます。
 実はこれ、5/7の某さまの企画物に出しそびれた小品でございます。 やはり夜に書き上げるのは私には無理でございました(苦笑)。
 けれど、祭用の作品が悉く詰まっておりましたので、よい気分転換になりました。 今朝多少加筆修正しましたが、せっかく書いたのでこちらに上げておきます。 よろしければお楽しみくださいませ。

 あ、因みにはお題は「夜が暗い理由」でございました(2014.05.28.追記)。

2014.05.13.  速世未生 記
(御題其の二百)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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