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御題其の二百四

織姫さま

 雲間から覗く夏色の空を見上げる。そろそろ七夕の準備を始める頃だろうか、と。そんな蘭桂の許に、雲上の宮から美しい料紙が届いた。細く切られた短冊と短い書信を眺め、蘭桂は唇を緩める。手紙には、織姫のために、と見慣れた手蹟で書かれていた。

 七夕は蓬莱の行事。笹に色とりどりの短冊を飾り、装飾を施す。小さい頃、蘭桂も皆に配る短冊作りを手伝ったものだ。そして、他人のことばかり願う慶主のために、心を籠めて願い事を認めた。陽子の願いが叶いますように、と。
 七夕には伝説があって、離れ離れに住む織姫と彦星が年に一度だけ会える日なのだという。

 織姫と彦星がちゃんと会えるといいな。

 そう呟いたという陽子の気持ちが、あの頃の蘭桂にはよく分からなかった。しかし、今は。
 金波宮に住まう我らが織姫は、玄英宮からやってくる彦星を待っているのだ。誰も何も言わなかったけれど、蘭桂はいつの日か、そう理解していた。姉とも思う陽子に特別なひとがいると知り、淋しくないと言えば嘘になる。けれど、時折訪れる隣国の王と並んでも見劣りしない景王陽子を誇らしくも思っていた。
 今年も陽子はほんとうの願いを他の誰も読めぬ横文字で認めるのだろうか。そんな陽子の秘めた願いが叶いますように。蘭桂は今年も想いを籠めて短冊に願い事を記した。

 数日後、蘭桂の許にまたも短い書簡が届いた。短冊送付不要、との見慣れない一筆。そろそろ送らなければ間に合わないだろうに。蘭桂は訝しげに首を捻る。しかし、宮の人々は皆用意周到だ。穏和しく指示に従おう。そうしてまた日が過ぎていった。

 七夕の日、蘭桂に面会を求める者が訪れた。さて、誰が取りに来たのだろう。そう思いつつ歩く蘭桂を、誰もが意味ありげな笑みで見やる。蘭桂は当惑したが、来訪者を認め、大いに納得した。
 鮮やかな緋色の髪をひとつに括り、凛とした翠の眼差しで見つめるひと。簡素な袍に身を包みながらもその姿は輝いて見える。改めて、美しい、と感嘆した。立ち尽くす蘭桂を見て、陽子は嬉しげに目を細める。

「小彦星に会いに来た」
 七夕だからね、と織姫は眩しい笑みを向ける。意外な一言に驚きつつも、蘭桂は苦笑を隠せなかった。
「彦星に失礼じゃない?」

「大きい彦星は勝手気儘にやってくるから、遠慮深い小彦星が優先だよ」

 聞いて蘭桂は眼を瞠る。無論、嬉しい。嬉しいけれど。蘭桂は苦笑を深めた。神なる王となり、十六で時を止めたひと。悪戯っぽく告げるその笑みは、もう蘭桂よりも年下に見える。複雑な想いが込み上げ、蘭桂は頭を下げた。

「――光栄です、織姫さま」

2014.08.02.
 大変ご無沙汰しております。久々の更新でございます。
 本日は旧暦の七夕ということで、7月7日に出し損ねた小品を加筆修正してみました。 お楽しみいただければ幸いでございます。

 オフがバタバタしております。 趣味にかける時間も心の余裕もない状態でございます。 なのでしばらくお休みしようと思います。 恐らく9月の9周年も無理……。 せっかく御題を募集したのに「帰山祭」を開催できなくてごめんなさい。 復帰して余裕ができたら考えますね。

 それではしばしのお別れでございます。皆さま、お元気で!

2014.08.02.  速世未生 記
(御題其の二百四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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