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御題其の二百六

扉が開いたら

 久々に隣国を訪ってみれば、国主の私室は空だった。こんな夜更けまで仕事をしているのか。窓から身体を滑りこませた延王尚隆は、生真面目な女王を思い浮かべ、苦笑を零した。

 勝手知ったる伴侶の堂室にて、尚隆は独り持参の酒を飲む。悠久の時を過ごしてきた身だ。待つ時間を厭うことはない。仕事を終えて戻ってきた伴侶に何と声をかけようか。そのとき伴侶はどんな顔をするか。そんなことに思いを巡らせるだけで楽しむことができる。やがて。
 深い溜息とともに扉が開く。待ち人の帰還に、尚隆はのんびりと声をかけた。

「おかえり」

 疲れた顔を見せる女王は、閉めた扉の前に立ち竦む。大きく瞠られた翠の瞳、開きかけた朱唇は、どうして、と問うていた。そして。
 挙げた右手を軽く振る尚隆に向かい、伴侶は黙して駆けてくる。尚隆はくすりと笑って立ち上がった。そのまま伴侶を抱き止め、小さな背を撫でる。珍しく熱烈な歓迎だな、などと揶揄すれば、たちまち誇り高き女王の不興を買うだろう。

「――ただいま」

 微かな声がした。胸に押しつけられた顔が上げられることはない。尚隆はゆっくりと伴侶の頤に手をかけた。そして、翠玉の瞳から零れた涙を唇で拭う。笑みを浮かべて見つめると、女王は拗ねた貌を見せた。そのまま身をも離そうとする伴侶を抱き上げる。

「待つ身の辛さが分かるか」

 そう耳朶に囁くと、伴侶は見る間に頬を染めた。意地悪、と悔しげに呟く朱唇を優しく塞ぐ。伴侶はもう抗わず、そっと尚隆の胸に身を寄せた。

2015.06.26.
 いつも拍手をありがとうございます〜。お蔭さまで金曜更新できました(笑)。

 拍手其の三百七十「扉を開けたら」の尚隆視点をお送りいたしました。 この小品、なんで拍手で出したのか解りません。 別に御題でいいじゃん、 と思うのはだんだん恥を知らなくなってきたからでしょうか(苦笑)。

 本日は気の重い文書をひたすら作っておりまして、 終わった解放感に浸りつつ一気に仕上げた小品でございます。 多少甘めなのは、並行して書いているものが重くて なかなか纏まらないせいもございますね。地味に進めていこうと思います〜。

 7月の企画もそろそろ頁を作らないと。6月、もうすぐ終わってしまいますね……。

2015.06.26.  速世未生 記
(御題其の二百六)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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