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御題其の二百十

黄海追想

 ふらりと厩舎に向かう。国主の不意なるお出ましに、厩番が色めきたった。しかし、供王珠晶は事もなげに片手を振る。
「星彩に会いに来ただけよ。気にしないで仕事を続けて」
 狼狽える厩舎の者たちを退けて、珠晶は騶虞すうぐに歩み寄る。黄海を共に旅した同胞でもある騎獣は、その名の如き煌めく眼で珠晶を見つめ返した。跪き、その硬い毛並みをそっと撫でる。そして、小さく鳴いて応える獣に身を寄せた。

 懐かしい感触は昔を思い出させる。過酷だった昇山の旅。めぐり会った人々。様々な出来事。襲いくる妖魔。そんなものを乗り越えた末に、珠晶は望みどおり王となった。しかし。
 大変なのはそれからだ、と珠晶は知っていた。十二の子供を玉座に据えるなど、己でも笑ってしまう。

 祈りというものは、真実の声でなければ届かない。

 天仙に送られた言葉を胸に、珠晶は朱氏に請うた。
「あたしはこれから王宮に巣食う妖魔を狩るのよ。朱氏の助けが必要だわ」
 怪訝な貌をする頑丘に、珠晶は笑みを向けた。

「祈りは真実の声でなければ届かないのよね。心からお願いするわ。手を貸して」

 真摯に頭を下げた。そして、その想いは届いたのだ。騎獣を狩るはずの朱氏が王に狩られた、と剛氏が囃し立て、その場は笑いに包まれた。

「――とうとうあたしを主上とは呼ばなかったわね」
 今はもうここにはいない朱氏を思い浮かべ、珠晶は苦笑する。周囲に人がいるときはともかく、二人になれば、ぞんざいに、珠晶、と呼び捨てる。いくら言っても最後まで変わらなかった。それも仕方ないことだったのだろう。
 黄朱の民に王は必要ない。頑丘は、最初から最後まで黄朱のままだった。解き放たれた今は、また黄海を歩いているのだろう。

 道は別たれた。それでも、共に歩いた日々は忘れない。今なお心の一部は黄海にある。珠晶は星彩に凭れ、眼を閉じた。

2015.09.05.
 いつも拍手をありがとうございます。

 ツイッター上で開催されている 「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」第1回「黄海をゆく」 というお題で書いてみました。 微妙に小品「黄海夜話」とリンクしておりますが読んでなくても解ると思います。

 本来は22時から23時まで書くというルールですが、 今日はフライングでお昼に書き上げました。 昨年エア参加して撃沈しておりますが、1時間で仕上げるって難しい。 更にアップするのはもっと難しい。 なので、パニックを起こさないように推奨媒体ではなく、 いつものブログに上げております。ご了承くださいませ。

 大好きだけどどうにも書き難い帰山コンビのお話に詰まっての気分転換でございます。 これから帰山も頑張ります〜。

2015.09.05.  速世未生 記
(御題其の二百十)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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