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御題其の二百十一

隣の芝生

「――難しい貌をしているね」
 不意に声をかけられて、供王珠晶は顔を上げる。そして、声の主を認めて眉を顰めた。
「相変わらず無礼なお出ましね、利広」
「慶に行ってきたんだろう。何かあったのかい」
 南の大国の風来坊は無駄に耳が早い。珠晶は眉根を寄せてそっぽを向く。利広はくすりと笑った。そのまま黙する利広は、どうやら珠晶の返答を待っているようだ。珠晶は小さく息をついた。

「御物を盗んで逃走した芳の元公主に会ったわ」

 芳の州侯に頼まれて引き取った元公主は高慢な少女だった。己の罪を知ろうとせず、己の処遇を恨んでいた。里家に行くか奚になるかを提示された上で奚になることを選んだ彼女は王の御物を盗んで逃走したのだ。珠晶は追っ手をかけ、隣国の柳と範に手配書を送った。ところが、意外にも慶から書簡が届いたのだ。即ち、元公主が恭へ出頭するが故、刑を減じるよう願う、と。追って芳からも同様の書簡が届いた。明らかな国政への干渉に、供王珠晶は芳の使者に元公主への刑罰を告げた。

 国外追放、以後一切恭国への入国はまかりならず、恭国にあるを発見されれば、委細問わず叩き出す、と。

 何処へなりとも行けばいい。国を預かる者たちの心を動かすほど変わることができたのなら、きっと前を向いて歩いて行けるだろう。珠晶はそう思った。

「へえ」
 軽く応えた利広は柔和な笑みで先を促す。泰麒捜索の折の謝礼との名目で、慶から招待状が届いた。自ら訪問したのは、慶の若き女王に興味があったからだ。そこで、珠晶は叩頭する元公主を見つけた。恭にいた頃は伏礼を屈辱的と思っていただろう彼女は、賓客を叩頭礼にて迎えていた。思わず声をかけた珠晶に、元公主は謝辞を述べた。その様子は真摯で美しかった。そして、そのやりとりを、慶主は心配そうに眺めていたのだ。

「元公主と景王は友達なんですって」
 全く以て理解できない。珠晶は顔を蹙めた。聞けば、慶主は内乱を治めようとして降りた街で元公主と出会い意気投合したそうだ。顔を見合わせて笑う慶主と元公主は信頼で結ばれているように見えた。
 眉根を寄せて嘆息する珠晶に、利広は楽しげに笑う。いつまでも笑い止めない利広に、珠晶は向かっ腹を立てて睨めつけた。
「笑い過ぎよ、利広」

「私たちだって街で知り合って意気投合した友達だろう?」

 意外な一言に珠晶は眼を瞠る。利広は人の悪い笑みを浮かべた。毒気を抜かれた珠晶はそれでも嫌味を返す。

「ただの腐れ縁よね」

 横を向く珠晶の耳には楽しげな笑い声がいつまでも聞こえていた。

2015.09.19.
 いつも拍手をありがとうございます。 またも帰山に詰まっての更新でございます(苦笑)。

  ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第2回「友達」というお題で書いてみました。 微妙に小品「桜の頬」とリンクしておりますが読んでなくても解ると思います。

 本来は22時から23時まで書くというルールですが、 今日はフライングで夕方に書き上げました。 前回60分で仕上げたのですが、ブログアップに30分近くかかりまして……(苦笑)。 今回は50分で書き上げたのですが、10分ではアップできそうもない(苦笑)。

 慶の三人娘で書こうと思ったのですが、 それを羨ましげに見ている珠晶がぶつぶつと語り出しだしましたので書き留めてみました。 お楽しみいただけると幸いでございます。

 この調子でふたりの風来坊が語りを聞かせてくれると嬉しいのですが……(苦笑)。

2015.09.19.  速世未生 記
(御題其の二百十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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