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御題其の二百十二

罪の残滓

「よう」
 軽く声をかけて執務室に入ってきた小さな人影。顔を上げた景王陽子は苦笑して答えた。
「これは延台輔。またも唐突なお越し、痛み入ります」
「そろそろ落ち着いた頃かと思ってさ」
 そう言って笑う延麒六太は、手にしていた紙を書卓に置いた。陽子は訝しげにそれを見やる。見覚えのある、折り畳まれた紙の束。
「六太くん、これ……」

「おれは読めねえけど、お前は読めるだろ」

 六太は書卓に腰かけて促す。陽子は四つ折りにされた新聞を手に取って開いた。一面に大きく掲げられた写真。そこには水浸しになった街が写し出されている。高潮による死者・行方不明者は併せて二百人余り。記事を読み上げた陽子は、手の震えを止められなかった。
 六太は黙して何も語らない。けれど、陽子には分かる。これは、延王が泰麒を迎えに行った際に蓬莱を襲った災害なのだ、と。

 王が渡ると災害が起こる。

 それは、あちらに帰りたい、と訴えた陽子に六太が告げた言葉。陽子がこちらに帰還したとき巧国で起こった蝕は、王が虚海を渡ったわりにはたいしたことがなかった、と六太は言った。それでも陽子はあちらに帰りたかった。望郷の想いがなければ、こちらで生き延びることはできなかった。しかし。
 もし、あのとき、本当に帰ることを選んでいたら。想像すると、背に戦慄が走る。こちらには蝕を、あちらには災害を起こした挙句、陽子自身も遠からず死していたのだ。

 罪を犯すところだった。

 眼を閉じると、固継が、拓峰が、堯天が胸に浮かぶ。新王が登極して災害や妖魔が減った、と明るく語った人々。そして、不甲斐ない新米王を支えるために金波宮に集ってくれた仲間たち。陽子は眼を開けた。

「――よく、分かりました」

 罪を犯さずに済んだ。

 いま、未熟ながら王として立つ自分は、決して独りではない。延麒六太は笑みを湛えて頷いた。

「ありがとう、延麒」

 景王陽子は深く頭を下げる。先達である胎果の麒麟は、優しく陽子の肩を叩いたのだった。

2015.10.03.
 いつも拍手をありがとうございます。 またも帰山に詰まっての更新でございます(苦笑)。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第3回「罪」というお題で書いてみました。

 本来は22時から23時まで書くというルールですが、 今日もフライングでお昼に書き上げました。 前回50分で仕上げたのですが、ブログアップに20分近くかかった挙句、繋がらなくて、 慌ててピクシヴにもアップしたという(苦笑)。 今回は40分で書き上げたのですが、20分でアップできるでしょうか(苦笑)。

 いつか書いてみたかった小話でございました。 お気に召していただけると嬉しく思います。

2015.10.03.  速世未生 記
(御題其の二百十二)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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