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御題其の二百十三

金の海原

 御璽を捺し終えた書簡を書卓の上の文箱に綺麗に積み上げ、景王陽子はひとつ伸びをする。これで仕事に限りがついた。さて、次の案件が運びこまれる前に、出かてしまおうか。
「――無論構わないよね、班渠」
 お目付け役も兼ねる使令は、姿を見せぬままに苦笑を返す。陽子はにっこりと笑みを浮かべ、速やかに出かける支度をした。

 班渠に乗ってよく晴れた蒼穹を飛ぶ。気が向くままに賑やかな堯天を抜け、広大な山野に向かった。

 初めて自国を空から見下ろしたのは、景麒奪還の折だった。雁から慶へ、関弓の玄英宮から維龍の征州城へ、吉量に乗って雲海の上を飛行したのだ。透明な海越しに見える慶の地は、流されて彷徨った巧よりも更に荒れていた。その光景は、豊かな雁を見た後では、胸が痛むほどの荒廃ぶりだった。

 未熟ながら王となり、未熟ゆえに里に下り、陽子は様々なことを学んだ。王が玉座にいるだけで災害が止む世界、それに甘んじてはいけない、ともがいた。けれど、正当な王が現れて天災がぴたりと収まった、跋扈していた妖魔も姿を消した、と人々は喜んでいた。荒廃に疲弊していた民たちは、穏やかな日常を取り戻し、地を耕すことに精を出したのだ。

 未だ至らない王ではあるが、赤王朝は落ち着きを見せている。こうして、たまに王が出奔しても成り立つくらいには。陽子は笑みを深めた。やがて、陽子は感嘆の声を漏らす。
「――うわぁ」
 季節は秋。眼下に広がっているのは、一面の金の海原だ。風が吹く度に、首を垂れた黄金の稲穂が一斉にさざめく。夕日に照らされて金色に輝く美しい風景に、陽子は息を飲んだ。民人の努力から生まれたこの豊かな実りは、この国の豊かな未来を約束する。

 あの頃は、何もなかった。田畑は荒れ果て、廬も里も人影すらなかった。それが今は。

「――ありがとう」

 景王陽子は感嘆を言葉にする。この美しい国が慶。これが私の国。陽子は唇をほころばせる。誇らしさが胸いっぱいに広がった。

 景王陽子をその背に乗せ、班渠は何も言わず金の海原の上を飛び続けた。

2015.10.17.
 いつも拍手をありがとうございます。 帰山祭が終わって放心するかと思いましたが、 そこそこハイテンションでございます(笑)。

 ツイッター上で開催されている 「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」第4回「私の国」 というお題で書いてみました。

 今回はフライイングし損ねたため、正規に22時から書き始めました。 22時半に書き終え、推敲し、今あせあせとアップ準備をしております。 さて、23時に間に合うでしょうか……(苦笑)。

 登極後しばらく経った陽子主上、早くこんな景色を見せてあげたいものでございます。 お楽しみいただけると嬉しく思います。

2015.10.17.  速世未生 記
(御題其の二百十三)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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