「目次」 「玄関」 

御題其の二百十四

秋の茶会

 かさかさと乾いた音がする。窓の外に眼をやると、色褪せた葉がひらりと舞っていた。いつの間にか季節が移ろっている。景王陽子は手を止めて小さく息をついた。
「――悩ましい溜息ね」
 笑いを含んだ声がした。振り返ると、茶器と茶菓子を盆に載せた祥瓊が立っている。仄かに上る湯気を見て、陽子は唇を緩めた。
「もう秋なんだ、と思って」
 差し入れのお茶も温かいしね、と続けると、祥瓊も笑みを浮かべて盆を置く。差し出された茶杯は、少し冷えた手をも温めた。
「下から便りも届いたわ」
 もうひとつの声に、陽子は笑みを送る。見事に色づいた紅葉の一枝を持った鈴が笑顔を見せた。花瓶が小卓に置かれると、三人は早速ささやかな観楓の茶会を始める。添えられた茶菓子も秋の味覚だった。栗や南瓜がふんだんに使われた菓子は甘く、茶も口も進む。王の執務室はしばし明るく賑やかな笑い声に包まれたのだった。

 温暖な海の上では見られない美しい紅葉と美味しい茶菓子は、仕事に追われて忙しない日々を過ごす陽子の心を癒した。小腹を満たした陽子は、秋の実りに顔をほころばす。季節の果物でもお菓子を作りたい、と友たちは楽しげに笑った。
 木には果実が、畑には作物が、そして田には稲穂がたわわに実る。眼を閉じると、いつか見た金の海原が鮮やかに浮かんだ。
「陽子?」
「どうかした?」
 陽子は眼を開ける。友たちが心配そうに覗きこんでいた。小さく首を横に振り、陽子はにっこりと笑む。
「秋の実りを楽しめるようになったよね」
 あの頃は何もなかった。山も畑も田もあ荒れ果てていた。でも、今は。

「幸せだなあと思うよ」

 祥瓊と鈴は大きく眼を瞠る。そして、二人で顔を見合わせて、大きく頷いた。首を傾げる陽子に、友たちは花ほころぶように美しい笑みを見せる。

「善い王さまに恵まれて、私たちも幸せよ」

 今度は陽子が眼を見開く。善い王になりたい、と願っていた。なれているとは思えなかった。けれど。

「ありがとう」

 慶の民でもある二人の友に、陽子は心からの言葉を贈った。

2015.10.31.
 いつも拍手をありがとうございます。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第5回「秋」というお題で書いてみました。

 今回はフライイングし損ねたため、正規に22時から書き始めました。 結構てこずりました。 9月1日にサイトを開設したため、秋に祭を開くことが多く、 秋のお話は沢山書いていたので、何を書いて何を書いていないか、 自作を確認するという苦行もございましたし(苦笑)。

 取り敢えず50分かけて仕上げ、今あせあせとアップ準備をしております。 さて、23時に間に合うでしょうか……(苦笑)。

 ほんの小品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しく思います。

2015.10.31.  速世未生 記
(御題其の二百十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「目次」 「玄関」