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御題其の二百十六
慶の反旗
下官が賓客の到来を告げて退っていった。景王陽子は深々と溜息をつく。いつも勝手気儘に現れる隣国の主従は、天災のようなものだと諦めてはいるのだが。ただ、今回は報せが間に合ったので、覚悟はできた。陽子は筆を持ち直し、中断していた仕事を再開した。しかし。
御璽押印済みの書簡の山が高くなっても、賓客は姿を見せない。陽子が多少不安を覚えた頃、その声は聞こえてきた。女声が高らかに響き渡り、複数の声がその後に続いて唱和する。よく聞き取れなかったその声がはっきりと聞こえたとき、陽子は立ち上がって回廊へと走り出た。
「女性はー襦裙をー着るべきー!」
「着るべきー!」
「主上もー襦裙をー着るべきー!」
「着るべきー!」
祥瓊の声だ。そして、後に続く複数の声は聞き慣れたものばかり。男装の女王は、大きく眼を瞠る。それから、拳を固く握りしめた。
微かにしか聞こえなかった声がだんだん大きくなってくる。腹の底から出すような怒号が響き渡ったのは、先頭を歩く祥瓊が回廊の角を曲がって姿を現したとき。
「女性はー襦裙をー着るべきー!」
鉢巻きを締め、プラカードを持った祥瓊が、もう片方の拳を突き上げながら叫んだ。付き従う集団がその後に唱和する。
「着るべきー!」
勢いよく己も拳を突き上げる鈴と景麒、その後ろには申し訳なさそうに肩を竦める桓?と虎嘯がいる。そして更に後ろには、飛び跳ねるように歩く延麒六太。
「主上もー襦裙をー着るべきー!」
「着るべきー!」
陽子はすっかり脱力してしまった。怒りのために握りしめていた拳も力なく垂れる。そんなとき。
「――俺は一応反対したからな」
苦笑気味の声がした。振り返ると、賓客の片割れが楽しげに笑っている。陽子は漸く姿を見せた延王尚隆を睨めつけた。
「一応、なんですか」
「――あれだけ盛り上がっているものを、どうやって止めろというのだ?」
尚隆は片眉を上げて問い返す。陽子は肩を落とし、深々と溜息をついた。先頭を歩く祥瓊の瞳はめらめらと燃え上っている。後ろに控える鈴と景麒も同様だ。
「蓬莱の行事だそうだな。でもコウシンとか、しゅぷれひこーるとか言うのだと聞いたぞ」
「――延麒の入れ知恵ですか」
無論だ、と軽く答えられ、陽子は本日何度目か分からない特大の溜息をつく。尚隆はそんな陽子の肩を叩き、にやりと笑った。
「これだけ望まれているのだから、願いを叶えてやってはどうだ」
「私を女と知っていて着替えに袍を用意させたあなたがそれを仰いますか」
「――それを知った祥瓊に、責任を取れ、と凄まれたのだぞ」
聞いて陽子は顔を蹙める。シュプレヒコールが響き渡る中、どこまでも他人事の隣国の王は、大きな肩を揺らして笑い続けたのだった。
2015.11.28.
いつも拍手をありがとうございます。
ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第7回「反旗を挙げる」というお題で書いてみました。
本日はリアル参加、45分で書き上げましたが、手際が悪い! 微妙に間に合ってない!
この御題、こんなものしか思い浮かびませんでした。 ギャグになっているかどうか不安ではございますが、 お楽しみいただけると嬉しゅうございます。
2015.11.28. 速世未生 記
(御題其の二百十六)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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