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御題其の二百十九

王の故郷

 海客が流れ着いた、との一報が入ると、主はすぐさま反応し、行ってくる、と宣した。景麒は黙して首肯する。主は翠玉の眼を瞠り、意外そうに問うた。
「――いいのか?」
「私は主上の僕です。命には従います」
 行ってきてもよいか、と訊かれれば、きっと諫言したことだろう。主が直接行かねばならない案件ではない、と。しかし、此度王命は下されたのだ。

「命じなければ従わないのか?」

 少し眼を細め、主は問いを重ねる。そこはかとなく漂う勘気に、景麒はつきかけた溜息を呑みこみ、静かに応えを返した。

「主上が王なのですよ」

 そう、麒麟は王の僕。王は麒麟に機嫌伺する必要などない。命じるだけでよいのだ。景麒はそのつもりで主に接してきた。いつも景麒に許可や同意を求める主に心温まる想いを抱きながらも。
「――そうだな」
 では行ってくる、と低く呟き、主は踵を返す。景麒は深く頭を下げ、行ってらっしゃいませ、と主を送った。

 蓬莱は、主の故郷。

 景麒は蓬莱から主を連れてきた。どこへ、と問われて、東の国です、と端的に答えた。十二国中、最も東にある慶東国。虚海の東の果てにあるという蓬莱から流れてくる海客は、ここに辿りつくことが多い。それでも、そうあることではない。生きた海客が流れ着いた、との報告は、主が登極してからは初めてかもしれなかった。

 あちらが恋しいですか。

 訊きたくて訊けない言葉を何度呑みこんだことだろう。妖魔に追われ、こちらのことを説明する暇もなかった。いや、説明したとして、一緒に来てくれただろうか。訊けない問いは、堂々巡りを始める。景麒は深い溜息をついた。

 王気は東にある。この世界の東の端、海辺の町で、主は何を思っているのだろう。己の故郷からやってきた海客を見て、懐かしい、と感じるのだろうか。蓬莱から泰麒を迎えたときのように。

 景麒は首を横に振り、驃騎を呼ぶ。黙して従う使令の背に乗り、海客がいるという町へと向かった。

 王気はいつでも辿ることができる。景麒は虚海を見つめる主に歩み寄った。
「――景麒」
 少し驚き、少し呆れた声が景麒を呼んだ。気配に聡い武断の王は、すぐに振り返るのだ。黙して隣に立つと、主は仄かに笑った。

「――高校生の女の子だった。面白いものを持っていたよ。一緒にシャシンを撮った」
 今のけーたいでんわには、かめらが付いてるんだって、と続け、主は笑みを深めた。景麒はただ主の話を聞いて頷く。主が話す言葉の意味は分からないが、きっと分かってほしいわけではないのだろう。この世界の端で、胎果の王は、故郷のことを想っているだけなのだから。

「海客保護の法を整備しておいてよかった」

 やがて、主はそう言って満足げに笑う。ほんとうに、と景麒は答えた。主はそんな景麒を不思議そうに眺めた後、ありがとう、と小さく呟いた。

2016.01.09.
 更新に沢山の拍手をありがとうございます。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第9回「世界の端で」というお題で書いてみました。今日が最終回でございます。

 本日はリアル参加、50分かけて仕上げ、急いで推敲しております。 実は御題其の百六十六「ある海客の手記」の前段階でございますが、 読んでいなくても解ると思います。

 捏造過多な作品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しく思います。

 全9回、楽しく書かせていただきました。主催さま、お疲れさまでした。 篤く御礼申し上げます。読んでくださった皆さま、どうもありがとうございました。

2016.01.09.  速世未生 記
(御題其の二百十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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