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御題其の二百二十一

春の夢幻

 何かに呼ばれたような気がして、ふと足を止めた。早春の通学路、足早に人々が行き交っている。再び歩き始めようとして、眼を向けた先に、それはあった。

 咲き初めた、白い梅の花。

 要は唇を緩めた。もうそんな季節。長い冬は終わったのだ。雪はないけれど。そこまで考えて、要は気づく。雪が積もる冬を過ごしたことなどないはずだ、と。

(――持ち帰ってきたな)

 耳の奥で懐かしい声がした。笑みを浮かべるそのひとが指差す先にあったのは、雪の中でひっそりと咲いていた白梅。

 あれは誰の声だったのだろう。慕わしい、大切なひとだったはずなのに。

 不意に目の前の景色がぐるぐると回り出す。要はきつく眼を閉じた。目眩はそれでも続く。要はその場に座りこみそうになるのをなんとか堪えた。
 再び目を開けたとき、おぼろげな記憶は全て消えていた。要は何事もなかったように歩き出す。その場には、春を運んできた梅の花だけが残された。

2016.03.17.
 いつも拍手をありがとうございます。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」第10回 「春を運んできた」というお題で書いてみました。

 第10回は3/5でございました。はい、大遅刻でございます。 蓬莱にて「冬栄」の頃を思い出す要くん……。 10日以上かけた割に超短文、本文は結局40分ほど書いて、諦めました。 これ以上書き綴ることはできません。 祭以外で春を書くのは私には難しいようでございます(苦笑)。

  捏造過多な作品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しく思います。

2016.03.17.  速世未生 記
(御題其の二百二十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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