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御題其の二百二十六

雨の空想

 雨が降っていた。しとしとと音を立てて降る雨は、何故か昔を思い出させる。景王陽子は手を止めてしばし窓の外を眺めた。

 小さい頃、陽子は新しい傘が嬉しくて、雨降りを待ちかねた。雨が降ると喜び勇んで外に飛び出して、真新しい小さな傘を開いた。そのままゆっくり歩いたり、スキップしたり、くるりと回ってみたり。思い出すと微笑が浮かぶ。

 いつの間にか、小さい陽子が庭院で楽しそうに遊んでいた。赤い傘を差し、赤い長靴を履いた幼女が、跳ねるように踊っている。くるくると傘を回し、己もくるりと回る様は幼いながら誇らしげだ。陽子は目を細めてそれを眺めていた。しかし。
 深い溜息が聞こえた。それも、存外側近くで。陽子は振り返る。渋面の景麒がそこに立っていた。陽子は肩を竦め、筆を持ち直す。そして、無言で仕事を再開した。

 雨は降り続く。柔らかな音がする。眼を上げてもそこに赤い髪の幼女はいない。無論、幻影だと分かってはいる。けれど、少し悲しかった。

 ちょっと空想していただけなのに、景麒の莫迦。

 密やかに悪態をつく陽子は何かに引っかかる。微かに胸を騒がせる、その何か。

「――あ」

 突然声を上げた陽子に、景麒が驚いたように眼を瞠り、少し首を傾げた。陽子は慌てて首を振る。
「なんでもない。気にするな」
 そう言いつつも、陽子はくすくすと笑いを零す。景麒は訝しげな貌をした。口を開こうとする景麒を片手で制し、陽子は窓の外を見る。

 赤い傘と赤い長靴、楽しげに踊る幼女の髪は赤。

 随分こちらに馴染んだものだ。幼い自分に今の姿を重ねるなんて。

 陽子は満面の笑みを浮かべて景麒に眼を戻す。わけが分からない気の毒な宰輔は、戸惑った面持ちで首を捻っていた。

2016.06.11.
 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第17回「傘」というお題で書いてみました。今回もリアル参加でございます。

 執筆30分、只今あせあせと推敲してアップしております。結構余裕!?

 今回は「常世に傘はあったっけ?」という思考から始まりまして、 ワンライ参加は直前まで諦めておりました。 けれど、22時を過ぎてから陽子主上が楽しげに語り出しましたので書き留めてみました。 ほんの短い小品ですが、お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2016.06.11.  速世未生 記
(御題其の二百二十六)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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