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御題其の二百二十八
真実の声
いつものようにふらりと隣国の王宮を訪ねた。禁門に辿りつくと、門卒が心得たように平伏し、それから騎獣を預かり門を開く。延麒六太は慣れた様子で金波宮を歩き出した。
よう、と軽く声をかけ、六太は国主景王の執務室に足を踏み入れる。麗しき宮の主は苦笑を浮かべて六太を迎えた。
「これは延台輔。またも唐突なお越し、痛み入ります」
「そろそろ落ち着いた頃かと思ってさ」
挨拶も返さずに、六太は手にしていた書簡を景王陽子の書卓に置いた。訝しげにそれを見やった胎果の王は、眼を瞠る。そして驚いたように声を上げた。
「六太くん、これ……」
「おれは読めねえけど、お前は読めるだろ」
六太は書卓に腰を掛け、説明することなく陽子を促した。四つ折りにされた紙束を開き、陽子は震える声で読み上げる。その日近隣を襲った高潮は付近一帯を呑みこみ、二百名あまりの死者と行方不明者を出した、と。
街が波に呑まれた。
あの日蓬莱から帰還した六太の主は、一言そう述べて蓬山へと旅立った。六太は廉麟に頼み、再び蓬莱へ向かった。そして、王が渡ったために災厄に見舞われた街を目にしたのだ。その悲惨さを報じるシンブンを入手し、六太は機会を待っていた。
シンブンを持つ陽子の手は震えている。何も言わずとも、もう分かっているのだろう。この災害は、延王尚隆が泰麒を迎えに行った際に蓬莱を襲ったものだ、と。
あちらへ帰りたい。
かつて陽子はそう訴えた。王が渡ると災害が起こる。だから嫌だ。六太はそう答えた。泰麒捜索が胎果である陽子に望郷の想いを齎したかどうかは六太には分からない。けれど、実際に何が起きたのかは知るべきだ。六太は陽子が落ち着くのを黙して待ち続けた。やがて。
「――よく、分かりました」
長い沈黙の末に、景王陽子はそう言った。未だ手の震えは止まらないながら、陽子は勁い瞳を延麒六太に向ける。
「ありがとう、延麒」
景王陽子はそう続けて深く頭を下げた。六太は笑みを浮かべる。そして、優しく陽子の肩を叩いた。胎果の王は淡く笑む。その瞳に望郷の色が浮かぶことはなかった。
2016.06.30.
6月12日は「六太の日」ということでしたが、完全に乗り遅れました。 6月は「六太月」とのことで、6月中に何か出したいと思いつつ、今回も遅刻でございます。 ああ……。
御題其の二百十二「罪の残滓」の六太視点になります。 ほぼワンライでございます。 お祝いと言いつつ明るい内容でなくて失礼いたしました〜。
2016.06.30. 速世未生 記
(御題其の二百二十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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