「目次」 「玄関」 

御題其の二百二十九

謀の行方

「しくじるなよ」
「誰に言っておる」

 にやりと笑みを交わし、主従は右と左に別れた。向かうは互いの執務室だ。用がある振りをして訪れて、中を窺う。それから己の執務室には戻らずに、そっと禁門を抜けるのだ。賢い乗騎は呼べばやってくる。恐らくこれで大丈夫。しかし。

「――尚隆が裏切らなければ、の話だけどな」

 延麒六太は軽く嘆息した。保身のためには己の半身も売り渡す。かつて酷い目に遭ったことがある。まったく王って奴は。延王尚隆の人の悪い笑みを思い浮かべ、六太は顔を蹙める。お前はどうなのだ、と胸の中の主は即座に反論した。六太はひとりごちる。

「そりゃもちろん後ろを見ないで逃げるよな」

 ほら見ろ、と主はさも可笑しげに顔を歪めた。六太は小さく肩を竦める。まあ、似た者同士といえよう。それでも今回は共同戦線を張ることに決めた。取り敢えず遵守する努力はしよう。そう思いつつ、六太は国主の執務室へと向かった。

「よう、尚隆」
 声をかけつつ入ると、国主は勿論のこと、他の誰もいなかった。六太は首を捻る。側近がいるはずだ、と言われていたのに。まあいい。持ってきた書簡を書卓に置いて、さっさと外に出る。そして、六太はそのまま禁門へと向かった。
 合図をすると、すぐにとらが駆けてくる。乗騎の背に飛び乗り、六太は首尾よく玄英宮を抜け出した。ずいぶん順調だ。あまりにも簡単すぎる。かといって騒ぎが起きているわけでもない。恐らく尚隆も巧くやったのだろう。

「――あとが怖そうだな」

 そう思いつつも、六太は外を存分に楽しむ気でいた。毎日宮に籠って政務ばかりこなしていると身体がなまる。たまには気晴らしをしなくては。その辺は同じく執務室に閉じこめられていた尚隆も同意した。丁度関弓で祭が開かれる。祭見物もお役目に入るだろうと勝手な理由をつけての出奔計画だ。落ち合う所も綿密に決めてある。六太はゆうゆうと待ち合わせの場所へと向かった。

「――よう」
 身を窶した主に軽く声をかける。尚隆は振り返って破顔した。その周囲にいる連中を見て、六太は思わず足を止めた。朱衡に帷湍に成笙、なんと側近が勢揃いしていたのだ。
「――尚隆!」

「祭見物は大勢の方が楽しかろうと押し切られた」

 延王尚隆は屈託なく笑う。取り巻く側近連中はわざとらしいまでに恭しい拱手をしてみせた。

「――まったく王なんて奴は!」

 毒づく六太を引きずるように尚隆は大股に歩き出す。半身をも謀る国主はどこまでも楽しげだった。

2016.07.23.
 いつも本宅及びブログに拍手をありがとうございます。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第20回「待ち合わせ」というお題で書いてみました。今回もリアル参加でございます。

 執筆50分、只今あせあせと推敲してアップしております。 多少遅刻でございますね(苦笑)。

 直前まで何も思いつかずつらつらと書き続けました。オチがつくのかと危ぶみましたが、 なんとか終わりました。よかったよかった。お楽しみいただけたなら嬉しく思います。

2016.07.23.  速世未生 記
(御題其の二百二十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
「目次」 「玄関」