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御題其の二百三十一

慶の日常

桓魋かんたいはいるか」

 よく通る声がした。途端、場がさざめく。これから起こることへの期待が高まっていくのを如実に感じながら、左将軍桓魋は応えを返した。
「はい、主上。ここに」

 慶東国国主景王のお出ましに、桓魋は拱手して深く頭を下げる。現れた主は見慣れた官服ではなく、動きやすい袍を着用している。故に、その意図ははっきりしていた。

「悪いけど、ちょっと相手をしてくれないか」

 そう言って主は鮮烈な笑みを見せる。と同時に場がどよめいた。武断の女王を慕って増えつつある女性兵士たちの抑えた興奮の声。そして、主の軽装に察してついてきたであろう女官たちの黄色い声である。桓魋は苦笑した。

「俺に拒否権などあるわけないじゃないですか」

 主はきょとんとした顔を見せる。いつものことながら、国主の頼みを断れる臣などいないことを考えもしないのだろう。しかも、この場の女子たちの期待感をこうまでも無視できるとは、相変わらず凄い。桓魋は軽く頭を下げた。
「謹んでお相手仕りましょう」
「ありがとう、助かるよ」
 主はにっこりと笑み、横から遠慮がちに差し出された木刀を受け取った。

 主のすとれすとやらの解消に付き合わされるようになって久しい。最初は賓満の冗祐憑きだったが、次第に腕を上げ、今の主は己の力と技で左将軍である桓魋と打ち合うのだ。時には剣豪で名高い隣国の王にも師事することがある主の剣技は存外侮れない。自ずと真面目に応戦することとなり、この勝負は周囲を沸かせるようになったのだ。

「――始め」
 声が掛けられ、対戦は始まった。普段相手にしている男どもより華奢で小柄な主は、代わりに動きが俊敏だ。己の力のなさと軽さをよく理解して補う攻撃を仕掛けてくる。桓魋の武器は勿論その怪力にあるが、愚鈍ではないと自負していた。
 遠慮のない打ちこみに応戦するうちに無我の境地になっていく。内戦も治まった平和な世、こんなふうに打ち合える相手がいるということは、案外稀有なことなのかもしれない。好敵手、という言葉が胸に浮かび、桓?は唇を緩めた。だがしかし。
 相手の木刀を打ち飛ばしたところで勝負が終了した。場が悲嘆の声で満たされ、不穏な空気に支配される。そこでまた、桓魋は深い溜息をつくのだ。強く気高い武断の女王の好敵手であるという現実が己にどう作用するのかを。

「いい汗をかけたよ。ありがとう」

 主は勝っても負けても臣に感謝を述べる。周囲から差し出された手巾を受け取るときにも、だ。来た時と同じように颯爽と去っていく主に拱手を返しながら、馴染んだ日常に理不尽を感じる桓魋であった。

2016.08.20.
 いつも本宅及びブログに拍手をありがとうございます。 黄昏祭開催予定地にも拍手をありがとうございました〜。

 ツイッター上で開催されている「#十二国記絵描き文字書き60分一本勝負」 第22回「好敵手」というお題で書いてみました。今回もリアル参加でございます。

 ちょっと始動が遅く、執筆40分、只今あせあせと推敲してアップしております。 多少遅刻でございますね(苦笑)。

 敢えて描写を削ぎました(笑)。状況を想像していただけると大変有り難く!  楽しく書きましたので、皆さまにもお楽しみ頂けると嬉しゅうございます。

2016.08.20.  速世未生 記
(御題其の二百三十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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