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御題其の二百三十五

延王の謀

「何故、私が更迭されなければならないのです、令尹以下は国官として迎えられるというのに!」

 国主延王との対面が許された光州侯は、憤懣やるかたない思いをぶちまけた。三日に一度に減らされた朝議にすら出席することが稀だと噂される愚王は、光州侯の怒りなどどこ吹く風で軽く笑う。

「己の胸に訊いてみれば分かるだろう?」

 意外な言葉を聞き、光州侯は眉を顰めた。何を問われているのか分からない。
「──何のことです?」
「何があったか申し開きをしてみよ。そうすれば、考えてやらんでもない」
 光州侯の問いかけに、王は楽しげに答えた。

 この男、まさか気づいているのか。

 光州侯は僅かに動揺した。王は端正な顔を歪めて嗤う。

「元州と、どんな密約を交わしたのだ?」

 確信に満ちたその問い。光州侯の背に戦慄が走る。確かに元州と密約を交わした。光州には密かに元州師が集結し、機会を虎視眈々と狙っている。しかし、何故それを王が知っているのか。
「滅相もないことでございます、密約など……」
 光州侯は即座にそう返し、叩頭した。単刀直入に斬りこむ王をやり過ごさねばならない。そんな光州侯に、王は意地の悪い声を降らせる。
「そうか? 切れ者の元州令尹に、無能な王から政を取り上げようと持ちかけられたのだろう?」
 頭を床に擦りつけたこの状態では、王の表情は窺い知れない。光州侯の背に嫌な汗が伝う。王は大きく笑った。
「まあ、気持ちは分らんでもない。王は放蕩者だからな」
 他人事のように己を揶揄するその声が、だんだん近づいてくる。衣擦れの音がすぐ傍で止まった。

「で、成功の暁には相応の官位をくれてやると囁かれたのだろう?」

 王は楽しげに問うてくる。我知らず背が震えた。まるで見てきたように告げるその声が、心底恐ろしい。王はくつくつと笑った。

「実際、州師に入って王の首を取れば大司馬をくれるそうだぞ、元州は」

 何故それを。

 元州界隈では有名な話だが、関弓にいる王が知っているはずはない。光州侯は思わず顔を少し上げた。その視線を捉え、王は不敵に嗤う。

「だがな、知っているか? 宰輔誘拐の報に民草が立ち上がった。裸のはずの関弓を守る兵は、今や靖州師五千のみではない。しかも、更に増え続けておる」

 光州から関弓に入った光州侯は、それを目の当たりにした。が、そのときは更迭に憤っていたため、深く考えることはしなかった。いま思えば、確かに王の言うとおりだ。如何に素人の集まりといえど、数が増えれば僅か三千の州師では太刀打ちできまい。背の震えが増していく。光州侯は再び頭を床に擦りつけた。王は意地の悪い声で追い打ちをかける。
「民は声高に叫んでおるぞ。元州令尹は玉座の簒奪を狙い、国を再び折山の荒に曝す気だと。光州候、逆賊になるか?」
「――主上! 私は……」
 光州侯は堪らずに悲鳴を上げた。逆賊になどなる気はない。いや、あのまま元州に手を貸していれば、逆賊と呼ばれていたのだろうか。頭が混乱していく。続く言葉は口の中で消えた。
「面を上げよ」
 威厳に満ちた王命に逆らうことはできなかった。光州侯はおずおずと顔を上げる。王は光州侯を見下ろして不敵に笑んだ。

「知っているか? 俺が王だ。官の首を挿げ替えるのも思いのままだ」

 光州侯の視線を捉え、王は朗々と宣する。光州侯は、絶大な権を持つ王に異議を唱えたことを今こそ恥じた。王は尚も続ける。

「先日も冢宰を罷免したばかりだ」

 絶大な権をひけらかすだけでなく、実際に行使したというのか。そう思うと血の気が引く。視線を合わせたまま、床に膝をついた王は光州侯に顔を寄せる。そして低く囁いた。

「素直に話す気があるならば」

 王は言葉を切る。光州侯は居住まいを正して固唾を呑んだ。王はおもむろに口を開く。

「冢宰をやろう」

 光州侯は大きく眼を瞠った。州侯更迭が、冢宰就任に一転する。光州侯は素早く思考を巡らせた。これ以上元州に義理立てする必要はないだろう。
「御意のままに!」
 光州侯は身を投げ出して叫んだ。元州に懐柔されていた臣を己に屈服させた正当なる王の満足げな笑みを、伏礼した光州侯が見ることはなかったのだった。

2016.12.12.
 「十二国記の日」おめでとうございます。

 今回は原作「東西」幕間をお届けいたしました。 更迭されたはずの光州侯が後に冢宰に就任したということで、妄想を膨らませてみました。 実はこの場面、尚隆視点で拍手連載したものでございます。 昨年の「十二国記の日(便乗)一人幕間祭 」にも出したような気がいたします。 いつか長編「滄海」本編にて書きたい場面でございます……。

 拙い作品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しく思います。

 さてさて、本日ツイッター上では絵師さまたちが素敵な祭を繰り広げておられます。 素敵な絵・漫画・コスプレ写真が続々アップされておりますよ!  桜祭や黄昏祭に参加してくださった方々も作品をアップされてます!  是非 #十二国記の日2016 で検索してみてくださいね〜。

2016.12.12.  速世未生 記
(御題其の二百三十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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