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御題其の二百三十九

七夕の夜

 今年も七夕の宴は和やかに始まり、和やかに終わった。五色の短冊で飾られた笹は、王の執務室から見下ろせる庭院で重そうに揺れている。沢山の短冊は、皆の願いが認められていた。相も変わらず、陽子の願いが叶いますように、と書かれたものも多い。陽子は風に揺すられてさやさやと音を立てる笹に眼を遣り、にっこりと笑んだ。

 夜は露台から星を眺めた。無論あちらとは違う星座だが、満天の星空は七夕に相応しい。陽子は笑みを浮かべて空を見上げていた。

「――そういえば、横文字を認めなくなったな」

 隣で同じく星を眺めていた伴侶が不意にそう問うた。陽子は小さく笑いを零す。景王陽子の願いは、短冊に沢山書いた。陽子の願いを、と言われて、あの頃は口に出せなかった想いをこっそりと書き綴ったのだ。誰にも読めない英字にて。

 Wish you were here あなたにここにいてほしい
 Wish you came to here あなたにここに来てほしい

 共に暮らすことができない伴侶への切ない想いを短冊に託していたあの頃。けれど、今は。
「必要がなくなったからだよ」
 笑みを湛え、陽子は端的に応えを返す。伴侶は怪訝そうに片眉を上げた。いつもなら、笑って誤魔化すところだが、満天の星々が陽子の背を押してくれる。
「毎年来てくれてありがとう」
 素直な気持ちを口にすると、たちまち頬が熱くなる。聞いた伴侶は呵々大笑した。陽子は軽く眼を瞠る。笑われるとは思わなかったのだ。自然と尖る唇を、伴侶は軽く啄んだ。それから、耳許で囁かれた言葉は。

「彦星は織姫に会いに来るものだろう」

 恋い焦がれる彦星は、陽子を蕩かす言葉をあまりにも軽く告げるのだ。陽子は気恥ずかしさに顔を逸らす。朱に染まる頬は、夜が隠してくれているだろうが、それでも見られたくはなかった。

 私の願いを叶えてくれてありがとう。

 真っ直ぐに空を見上げて礼を述べる。きらきらと輝く星は手に届きそうで、思わず手を差し伸べた。そのとき。
 いきなり手を掴まれて、陽子は伴侶を振り返る。少し怖い顔をした伴侶は、これまたいきなり陽子を抱き上げて露台に背を向けた。

尚隆(なおたか)!」
「星はもう充分見ただろう」

 陽子の抗議を軽くいなし、伴侶は大股で臥室に向かう。今度は俺を見ろ、と続けて陽子を抱えたまま牀に腰を降ろす伴侶を、陽子は呆れて見つめ返した。
「――願いを叶えてくれた星にお礼を言っていただけなのに、あなたはせっかちだ」
 苦情を言い立てて、陽子は指を伴侶の顎に伸ばす。伴侶は束の間優しい笑みを見せた。尚も苦言を呈そうとした陽子の唇は、にやりと笑んだ伴侶に甘く塞がれてしまったのだった。

2017.08.07.
 小品「喋々喃々」陽子視点、「七夕の夜」をお送りいたしました。

 本日、北の国のほとんどの地域では七夕でございます。 というわけで、全国的に七夕だった先月に書き上げられなかった小品を仕上げてみました。

 なんとまあ、更新は2ヶ月ぶりだったりいたします。 こんなに空けたのも久しぶりでございますね〜。

 オフ大激震、今も残務処理中でございます。 まあ、こんなことは一生に何度もあることではございませんので、 もうそろそろ落ち着くことでございましょう。 てか、そろそろ祭の準備を始めなくては間に合わない(苦笑)。 ログ作成も佳境でございますし……。頑張れ自分!

 エールをいただけると大変嬉しゅうございます。

2017.08.07.  速世未生 記
(御題其の二百三十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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