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御題其の二百四十一

尚隆登遐後末声及び利陽注意!

左手の謎

 久々に東の国を訪れた。宮の主は匂やかな笑みで風来坊の恋人を迎え、その側近たちも穏やかに茶菓でもてなす。利広もまた笑みを返し、旅の土産物と土産話を披露したのだった。

「どうぞ」
 夜に私室を訪えば、恋人は和やかに銘酒を注いだ酒杯を差し出す。その左手に違和感を覚え、利広は少し首を傾げた。不思議そうに利広の視線を辿った女王は、小さく息を呑む。気まずそうに眼を逸らした恋人を、利広は微笑を浮かべて見返した。
 小さな手を掴んで引き寄せ、おもむろに頤を持ち上げる。女王は眼を泳がせた。利広はにっこりと笑んでそのまま恋人を見つめ続ける。やがて、観念した女王は、小さく息をつきつつ口を開いた。

「――失礼だ……って……」

 消えていく微かな囁きが気づかせる。掴んだ左手の薬指に光っていた銀色の指輪がなくなっていた。蓬莱では既婚の印だというその繊細な細工物は、今は亡き女王の伴侶に贈られたものだ。

 女王の伴侶だった北東の国の王が登遐して幾星霜、女王が利広を受け入れてからもそれなりの時が経っている。それなのに、いつまでも亡き伴侶の贈り物を身につけていては、と女史や女御に窘められたのだろう。せめて一緒にいるときくらいは外せ、と。そう推察し、利広は苦笑を浮かべた。指輪の痕が残る細い薬指に軽く口づけて、利広は女王を見やる。

「かの御仁は、もうこんなこともできないのに?」

 頬をほんのり染めていた女王は、ひととき表情を失くした。ゆっくりと己の薬指に視線を落とし、女王は切ない貌を見せる。それから、淡く笑んで呟いた。

「――そうだね」
「陽子」

 名を呼ばれて少し震える恋人を、利広はふわりと抱きしめて笑みを送る。

「私は、君が好きなんだよ」

 そのままでいい。そのままがいい。喪われた伴侶を忘れる必要などない。

 ずっと薬指を飾っていた指輪は、外されて尚その痕跡を指に残している。たとえ痕が消えたとしても、細くなった指は簡単には戻るまい。それは、女王に更なる喪失感を齎すだけだ。

 利広は恋人の瞳を覗きこみ、輝かしい翠の宝玉に映る己を見つめた。利広の曇りない笑みは、きっと恋人の心を解くだろう。
 はたして愛しい女は大きく眼を瞠る。そして、見守る利広にゆっくりと花ほころぶような美しい笑みを見せた。

2017.10.21.
 拍手其の四百十「女王の左手」を加筆修正してもってまいりました「左手の謎」を お送りいたしました。

 祭が終わり、ひととき廃人と化しておりました。 そろそろ何か書きたいな〜と思い、18日にツイッターにてアンケートを取ってみました。 選択肢はかの方・陽子主上・利広・その他だったのですが、利広が圧倒的多数という(笑)。 翌19日、尚隆登遐後の利陽と利広単独のどちらがよいかお訊きしたところ、 まさかの同率でございました(笑)。

 尚隆登遐後の利陽に票が入ったこと自体大変嬉しく思います。 長年需要ないよな〜と思いつつ書いておりますので。 調子に乗って仕上げてみました。お気に召していただけると幸いでございます。

 さて、投稿作品のログ作成も頑張ります!

2017.10.21.  速世未生 記
(御題其の二百四十一)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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