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御題其の二百四十四

鵬雛ほうすうねがい

 黒縄で繋がれた駮を助けてみれば、怪我をした黄朱の民が少女を連れて隠れていた。なるほど、追いつめられているはずだ。犬狼真君更夜は二人を安全なところへと導いた。

 黄朱には見えない少女は、昇山の民だった。朱氏を剛氏として雇って蓬山を目指しているという。無茶をする、と端的に感想を述べれば、少女は気分を害したようだった。

 王の器を自負する少女を見つめると、古の出来事を思い出す。単身で敵地に乗りこみ、見事に内乱を鎮めてみせた、あの王。更夜にとって、苦さと切なさと甘さが混じりあった複雑な感情をも蘇らせる忘れ難い出来事だった。

 今も玉座に坐す王を知るが故に、少女に甘く接することはできなかった。更夜は淡々と少女を諭し、少女は舌鋒鋭く返す。そんな遣り取りの末、少女は泣きそうな顔をして叫んだ。

「そんなこと、あたしにできるはず、ないじゃない!」

 黄朱の民は眼を見開いた。更夜も口を噤んで少女の言い分を聞く。己が王の器ならばとっくに麒麟が迎えに来ている。そう断じる少女に昇山のわけを問えば、義務だからだ、と即答した。更夜は内心呆れつつも心の高揚を感じる。少女は更に続けた。

「もしもあたしが冢宰だったら、麒麟旗が揚がり次第、国の民の全員が昇山するよう法を作るわ!」

 お嬢さん、王が国にいない場合だってあるんだよ。ねえ、六太。

 更夜は胸で懐かしい友に呼びかける。僅かに唇を緩め、そのまま黙して少女の言葉に耳を傾けた。

 少女は切々と己の考えを訴える。それは、子供なりに考え抜いた真摯な思い。昇山は義務、と言い切り、黄海に行って帰ってくれば好き勝手できる、と少女は笑みを見せる。何をしたいのかと訊ねてみれば、騎商になりたいという。もし朱氏になったら、と楽しげに話を続ける少女に、更夜は笑いを圧し殺した。

 本当は王などどうでもいい、と少女は打ち明ける。生まれたときから王などいなかったし、それでもなんとか暮していけた、と。しかし、更夜は知っている。

 この世は王を欲し、王のない国は荒む。天変地異が起こり、妖魔が跋扈する。かつて荒廃と復興を経験した更夜は少女に同意することなかった。それは困る、と本気で悩む少女を見て、更夜はひとり納得した。

 天仙は人と交わらない。更夜自身も人と会うことは滅多になかった。黒縄で繋がれた騎獣にたまたま眼を留めた。血の臭いに気づいた妖魔が偶然知己だった。切羽詰まった怪我人を助けたのは気紛れのはずだった。不寝番をしつつ、更夜は寝入っている少女を眺める。

 朱氏を剛氏として雇い、昇山した少女。朱氏との絆を確かに築き、黄海を生き延びた。それは、天仙をも巻きこむ運の強さを持つからだろう。

(あたしが本当に王の器なら、こんなところまで来なくたって、麒麟のほうから迎えに来るわよ!)

 鵬鄒たる少女の叫びは、明日には本当になるかもしれない。更夜はそう思い、微かに唇を緩めた。

2017.12.12.
 「十二国記の日」おめでとうございます。

 今回は原作「図南」幕間をお届けいたしました。 珠晶を助けた更夜の胸の内に迫ってみました(笑)。 実は拍手其の三百七十二「天仙と鵬雛」及び 四百二「続・天仙と鵬雛」を改稿したものでございます。 一昨年の「十二国記の日(便乗)一人幕間祭 」にも出したような気もいたします。 漸く日の目を見ました。

 (この短文のキモは
 お嬢さん、王が国にいない場合だってあるんだよ。ねえ、六太。
 でございます。原作「図南」初読の折、私がそう思いました/笑 2018.01.17.追記)

 拙い作品ではございますが、お楽しみいただけると嬉しく思います。

 さてさて、本日ツイッター上では絵師さまたちが素敵な祭を繰り広げておられます。 素敵な絵・漫画・コスプレ写真が続々アップされておりますよ!  桜祭や十二祭に参加してくださった方々も作品をアップされてます!  是非 #十二国記の日2017 で検索してみてくださいね〜。

2017.12.12.  速世未生 記
(御題其の二百四十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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