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御題其の二百四十五

遂人の功

 その日、王の側近は朝からそわそわしていた。正確に言うと、目に見えて挙動不審だったのは遂人帷湍ただひとりだ。やはり帷湍は面白い。朝からそれとなく観察を続けている延麒六太は密かに肩を震わせた。
「――どうした」
 いきなり聞き慣れた明朗な声が後ろから降ってきた。六太は振り返りもせずに答える。
「あれ、いたのか。今日はずっと帷湍が捜してたぞ」
 遠くに見える帷湍を顎で示すと、延王尚隆はくつくつと笑って応えを返した。
「――だから見つからなかったのか。まあいい」
 尚隆は側近に眼を遣る。追い払われない限りは王の傍に控える大僕成笙と、仕事を終えたらしい朝士朱衡が軽く拱手を返した。尚隆は薄く笑んで頷くと禁門へ向けて歩き出す。が、ふと思い出したように足を止め、六太に問うてきた。
「お前はいいのか?」
「面白いから帷湍を見てる」
 六太の答えに尚隆は吹き出し、成笙は眉根を寄せ、朱衡は嘆息する。片手を挙げて一行を見送り、六太は帷湍の観察に戻った。

 終業の刻限と同時に仕事を片付け、帷湍は踵を返す。何気なさを装っているつもりなのだろうが、泳いでいる眼と走りたがっている足がそれを裏切っていた。回廊に出ると同時に帷湍は走り出す。禁門の出入りを許されていながら生真面目に路門へと向かう帷湍に、六太は苦笑を零した。
 目的地に辿りついた帷湍は、見慣れた背を見つけたらしく、その名を呼んだ。朱衡、と声がした途端、呼ばれた朝士は振り返る。苦笑を浮かべた朱衡は、唇の前に一本指を立て、帷湍に沈黙を促した。口を噤んだ帷湍は手招きした朱衡が指差す方を見やる。
 そんな帷湍を、六太はにやりと笑って見守る。ずっと捜し回った挙句見つけられなかった大きな背を認めた帷湍は、案の定眼を瞠った。握った拳を震わせる帷湍を宥めるように肩を叩いた朱衡が、またも前を指し示す。微かに唇を緩めた成笙もそこに立ち、同様に国主の背とその先にある物を見つめていたのだ。
 小さな黄色い実をたわわにつけた白銀の樹がそこにある。視線を移した帷湍は、大きく息をついて里木に見入った。
 六太は笑みを湛えて帷湍を眺める。この実は践祚してまだ数ヶ月の新王が初めて路木に祈り授かったものだ。そして、民からの嘆願を容れて託された植物を路木に祈るよう王に進言したのは遂人帷湍だった。

 王が祈願し、路木に生った植物は、適宜全ての里木に種の入った卵果が生るという。そして、今日がその日なのだ。

 未だ誰も帯を結んでいない里木は、荒廃に疲弊した国そのもののようだ。その枝に生る小さな実は、希望の象徴なのかもしれない。

「ほんとうに、木に生るのだな」

 民の嘆願を容れて路木に祈願した胎果の王の明朗な声は、初めての成果を大らかに喜んでいた。振り返らないその背を見つめ、帷湍もまた満足げに笑みを浮かべる。そして、朱衡や成笙とともに新王に向けて深く頭を下げた。
 そんな帷湍の誇らしげな背中を眺め、延麒六太もまた遂人の功に目礼を送るのだった。

2017.12.31.
 原作「青条の蘭」幕間、「遂人の功」をお届けいたしました。 小品「満願成就」六太視点になります。

 先日ちょっとむずむずして何か書きたくなってツイッターにてアンケートを取ったところ、 「甘め尚陽」「暗め尚陽」「シリアス利陽」を押さえて票をいただいた「原作幕間(雁)」を 書いてみました。

 「満願成就」を読み直し、六太はどこにいるんだろう?  という疑問をセルフ回収した小品でございます(笑)。

 今年の小説更新はこれにて最後になります。 今年も祭と企画で書いたものがほとんどという体たらくでしたが お付き合いありがとうございました〜。

2017.12.31.   速世未生 記
(御題其の二百四十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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