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御題其の二百四十八

昏闇と光

 後宮の私室を訪うと、榻に坐る伴侶は居心地悪そうに身を縮めていた。延后妃となり、玄英宮北宮に堂室を与えられて幾星霜、それでも伴侶は未だ初々しいままだ。延王尚隆は笑みを湛えて伴侶を見下ろした。
「なんだ、まだ慣れぬのか」
「そう簡単に慣れるものじゃないよ」
 慶東国国主景王でもある伴侶はそう返して嘆息する。尚隆は片眉を上げて雁国での伴侶の称号を呼んでみた。

「延后妃、なのにな」

「っ――!」
 たちまち耳まで赤くなる伴侶を眺め、尚隆は喉の奥で笑う。伴侶は何も言わずに茶の支度をした。機嫌を損ねてしまったのだから仕方ないことだが、夜だというのに茶が出てくるとは。苦笑を浮かべつつ、尚隆は伴侶の隣に腰を降ろした。
 淹れたての茶を受け取り、他愛のない話を始めた。そのうちに、興が乗った伴侶も柔らかな笑みを見せる。尚隆は茶を飲み干し、昔語りを続けた。

「あのときはほんとに驚いた」
 伴侶はそう言って深い溜息をつく。聞いた尚隆は遠慮のない笑いを零した。大袞で正装し、公式訪問した隣国の宮廷にて、同じく正装した不機嫌な女王に求婚した「あのとき」を思い出したのだ。伴侶は柳眉を顰め、笑い止めぬ尚隆を睨めつける。あのときと同じ貌だな、と思うとますます笑いが込み上げた。
「笑い事じゃないんだけど」
 眉間に寄った皺を指で突くと、伴侶は憮然とした。無論だ、と答えて笑みを向ける。伴侶は眼を瞠り、動きを止めた。

 清廉な女王が足許に潜む闇に搦めとられた、あのとき。延王尚隆は持てる術を尽くして伴侶をこの腕に引き留めた。美しい翠の宝玉を覗きこんでも、あの昏い闇はない。そう、今だから笑えるのだ。尚隆はゆったりと口を開く。

「――大袞で正装したお前の百面相は面白かった」

 蹙め面だった女王は、玄英宮に後宮を用意した、と告げた尚隆に、意味が分からない、と首を傾げた。言葉を重ねると、信じられない、と眼を瞠った。腹心の冢宰に声をかけられてもまだ納得できず、主の恋を厭っていた半身の笑みを見て漸く事態を受け入れたのだ。

(――みな、私の願いを叶えてくれてありがとう……)

 国主の恋を温かく受け入れた臣に向けられた謝辞と、翠玉の瞳から零れた気高い雫。きっと、あの場にいた誰もが心に刻んだことだろう。

「――ちょっ!」
 分かりやすく開かれた朱唇を指で塞ぎ、尚隆は伴侶の耳朶に甘く囁く。

「美しい涙だったな」

 伴侶は見る間に頬を朱に染めた。俯いて視線を彷徨わせるその様は、見た目どおりの少女のように微笑ましい。女王を黙らせた尚隆は、その華奢な肩を引き寄せて、気が済むまで笑い続けたのだった。

2018.02.09.
 いつも拍手をありがとうございます。

 御題其の二百四十七「求婚の時」の尚隆視点を書いてみました。 やっぱり陽子視点よりも断然長くなりますね(苦笑)。

 実は年明けから追いかけているツイッター連載小説がございまして、 そちらが物凄くいいところでその日の投稿が終わってしまいまして、 滾った挙句ツイッターに直接書き流したのが「求婚の時」でございました。

 尚隆視点はきっともっと長くなるだろうな〜と思っておりました。 「尚隆視点を」とリクをいただいて早速書いてみましたら、 やっぱり陽子視点よりもずっと長くなりました(苦笑)。

 楽しく書きましたので、皆さまにもお楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2018.02.09.  速世未生 記
(御題其の二百四十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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