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御題其の二百四十九

六華の舞

 細かい雪が降っていた。そっと手を差し伸べてみる。手袋に降りたそれは歪な形をしていた。陽子は小さな溜息をつく。かつて北で見たときは、綺麗な結晶だったはずなのに。

 美しい六角形に枝がついた結晶がひらひらと舞っていた。髪や手に降りる雪は、全て形が違う。気づいて零した感嘆の息すら凍って落ちていった。それから、頭や肩に積もるほど、ただひたすらに降る雪を眺めていたあのとき。

 六つの華。

 ふわりふわりと舞い降る冬の妖精の異名を教えてくれたのは、陽子の背を温める北の大国の王だった。美しい言葉だね、と答えた陽子を、伴侶は後ろから優しく抱きしめてくれた。外気に曝された肌が痛くなるほどの凍気を忘れさせる出来事だった。

 大きな溜息をつく。吐き出された白い息はたゆたって空に消えた。東のこの国、しかも雲海の上では美しい雪の結晶を見ることはできない。それは残念なことではあるが、その分、北国へ行く楽しみを大きくしてくれる。陽子は眼を閉じた。

 綺麗な結晶のまま舞い降る白い妖精。星明りにさえ浮かび上がる雪明り。淡い陽光に照らされた眩しい雪原。空気そのものが煌めく神秘的な細氷。厳しい寒さに堪えた者だけに姿を見せる数々の美しい現象が目の前を過っていく。それは伴侶である北の大国の王が見せてくれた貴重なものだ。陽子は唇を緩めて眼を開けた。

「綺麗……」

 冬枯れた宮の庭院に舞う雪は、もう大きな塊になっていた。ふわりふわりと優雅に降りるは綿毛のような牡丹雪。美しい妖精は、色を失った冬景色を白く彩る。北まで行かずとも、綺麗なものを見ることはできるのだ。陽子は笑みをほころばせた。

「――陽子」
「いま戻る」

 室内から呼び声がした。心配性な友に短く応えを返し、陽子は再び宙に手を差し伸べる。手袋に触れる度に儚く融けてゆく雪を惜しみつつ、陽子は庭を後にした。

2018.02.27.
 いつも拍手をありがとうございます。

 2月も終わりになって漸く冬の小品を仕上げることができました。いやはや……。 Iさま、リクエストありがとうございました。大変遅くなりました。ごめんなさい〜。

 いやあ、末声にならないよう頑張りました!  この時季末声に流れてしまうと後戻りできなくなりますので……(苦笑)。

 極寒の北の地では様々な美しく珍しい現象が見られます。 けれど、日常生活の中にも綺麗なものはあるのですよね……。 冬景色をスケッチしているとホームシックになってしまうのですが、 ときどき窓の外のものに感嘆の溜息をついてしまいます。

 2月逃げて3月来たる。そろそろ北の冬も終わります。

2018.02.27.  速世未生 記
(御題其の二百四十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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