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御題其の二百五十二

延王の問

 いつもの如く気紛れに執務室を訪れても、麗しき隣国の女王は苦笑するのみだった。書卓には堆く積まれた書簡の山、それでも小卓には茶器が揃えられている。限りのよいところで休憩するためだろう。用意がよろしいことだ。尚隆は薄く笑んで榻の背に身を預けた。
 歳若き伴侶は施政者の顔をして政務に励んでいる。じっと観察しても集中力を乱すことはなかった。ここに尚隆がいるだけで頬を染めて挙動不審になっていた頃もあったというのに、ずいぶん立派に育ったものだ。そんな感慨に耽っていると。

「さて、と」

 筆を置き決裁を終えた書簡を整えた伴侶は、大きく伸びをしてから立ち上がった。それから、小卓の茶器を手に取ると茶を淹れ始める。その様を眺めていた尚隆に微笑を寄越し、伴侶は湯気の立つ茶杯を載せた盆を卓子に置いて、尚隆の向かいに腰かけた。
 尚隆は茶杯を手に取り、目礼をして茶を啜る。伴侶は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。静寂が支配する執務室に心地よい時がゆったりと流れていく。久々に賞味する伴侶が手ずから淹れた茶はたいそう美味かった。
 沈黙が続いている。伴侶もまた茶を飲み干し、卓子に茶杯を戻した。その華奢な手を見ながら、尚隆はそっと言葉を落とす。

「――触れてもよいか」

 聞いた伴侶はぴくりと動きを止めた。何の気なしに口にした言葉に過剰反応されて、尚隆もまた神妙な貌になる。伴侶は少し赤みが差した顔を向けて小首を傾げた。先程までは泰然とした女王の貌をしていたくせに、不意に乙女の表情を見せるとは。尚隆は落ち着かなく眼を逸らした。

「――いい、ですよ」

 硬い声が小さく響く。眼を戻すと、伴侶の頬はますます赤くなっていた。くすりと笑って立ち上がる。じっと見つめる伴侶は緊張に身体を強張らせていた。

「――妖魔に怯える子供のようだな」

 揶揄い混りに苦笑をして、伴侶の前で足を止める。伴侶は大きく眼を瞠り、無言で抗議してきた。笑みを湛えて見つめると、安堵の息をついた伴侶は悪戯めいた笑みを浮かべる。

「――唇は、だめですよ。まだ、明るいから」

 僅かに眼を瞠り、尚隆は苦笑を深める。そして、意趣返しの成功に満面の笑みを見せる伴侶の額にそっと口づけた。

2018.06.12.
 「6月12日は恋人の日」ということで、尚陽小品を書き流しました。 色々なことから眼を逸らした現実逃避的作品、しかも30分ライでございます(笑)。

 先日文茶さんにいただきました「逢瀬」挿し文「ある日の逢瀬」の尚隆視点でございます。 尚隆視点はやはり少し長くなりますね〜。 多少恥ずかしいのですが、えいや! と出してしまいます。 30分クォリティではございますが、お楽しみいただけると幸いでございます。

 巷は六太の日で盛り上がっているのに六太は旧作で、新作は尚陽でごめんなさい〜。 六太の日公式(笑)に許可をいただいておりますので、 六太新作は6月中に出せるよう頑張りますね!

2018.06.12.  速世未生 記
(御題其の二百五十二)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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