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御題其の二百五十四

賓客の言

 湯浴みを終えて自室に戻ると、賓客が榻に陣取っていた。陽子は深い溜息をつく。人の悪い笑みを浮かべた伴侶は事も無げに言い放った。

「夜ならいいと言ったろう」
「――確かに言ったけど」

 触れてもよいか、と昼の執務室で告げられた。いつも強引な伴侶が許可を求めるのは珍しい。しかし、私室ではなく執務室だ。普段なら、だめ、と即答するところだが、常ならぬ問いに動揺した陽子は小首を傾げただけだった。対する伴侶も気まずげに顔を逸らすのみ。余裕のないその態度に、つい許しを与えてしまったのだ。

 向かいに坐していた伴侶が立ち上がり、ゆっくりと陽子に歩み寄る。いったい何をされるのだろう。そんな怯えは顔に出てしまったらしく、伴侶は苦笑を浮かべた。揶揄い混りの言葉をかけられて百面相を見せた陽子に、伴侶は優しく笑んだ。心解かれて笑みを返しつつも、唇はだめだと釘を刺した。少し顔を蹙めた伴侶は額に唇をつけたのだ。

 そんな経緯もあって、今宵の湯浴みは少し長めに時間を取った。というか、存外に長くなった、というのが正解だろうか。精一杯綺麗にして、堂室で気持ちを落ち着けようと思っていたのに。陽子は恨めし気に伴侶を見つめる。

 伴侶が陽子の私室を訪れるのは夜半を過ぎてから。それは秘密の恋を守るための暗黙の了解だったはずなのに。このひとの気紛れに振り回されるのは、珍しくもないことだというのに、我ながら往生際が悪い。分かっているのだが。そんな陽子に意味ありげな視線を投げ、伴侶はおもむろに口を開く。

「俺を揶揄う時は身体を張れ、といつも言っているだろう」
「揶揄ってなんて……」

 いないと言いかけた唇は伸ばされた指で塞がれた。そのまま強い腕に引き寄せられ、陽子は息を呑む。意地の悪い声が上から降ってきた。

「いないとは言わせぬぞ」

 あれだけ得意げな貌を見せられてはな、と楽しげに続けられ、陽子は呑んだ息を長々と吐き出す。観念して厚い胸に身を預けると、伴侶は軽々と陽子の身体を抱き上げて、颯爽と臥室へ向かったのだった。

2018.07.22.
 頂き物「逢瀬」挿し文「ある日の逢瀬」続編「賓客の言」をお送りいたしました。 御題其の二百五十二「延王の問」続編でもございますね。

 実は最初「呼合う」挿し文でございました。 しっとり尚陽を目指していたのに全然しっとりにならなくて没にした代物でございますが、 例の如く勿体ない根性が持ち上がりまして……(苦笑)。

 軽めの尚陽、お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2018.07.22.  速世未生 記
(御題其の二百五十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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