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御題其の二百五十五

七夕の問

「陽子!」
 今年も届いたわよ、と声をかけられて、景王陽子は顔を上げる。今日は七夕、届くものは決まっている。笑みを浮かべて立ち上がると、女史祥瓊は楽しげに書簡を差し出した。
 見慣れた手蹟が目に入り、陽子は唇をほころばす。短い近況報告とともに届けられたものは美しい料紙。陽子の願いが叶いますように。いつもの願いが記された養い子の短冊だ、
 今年も執務室から見下ろせる庭院に立てられた笹には沢山の短冊が吊るされている。後で一緒に飾りましょう、と笑みを見せ、手早く茶を淹れた女史は去っていった。

 蘭桂。

 懐かしい、しかし次第に大人びていく手蹟を眺め、その名を呟く。祥瓊が淹れてくれた心尽くしの茶を飲みつつ、陽子はしばし可愛い養い子に想いを馳せた。

 蘭桂が下に降りて何年が過ぎただろう。私は官吏になります、と決意に満ちた瞳で見上げた小童は、今や立派な青年に成長した。小さな時から弟のように見守ってきた桂桂は、もう小字で呼ぶには憚る姿だ。すっかり背も伸びて、十六で神籍に入った陽子よりも歳上に見えてしまう。陽子は軽く溜息をついた。
 蘭桂の成長は嬉しい、けれど、淋しくもある。こんな感情は仙籍に入って時を止めた仲間たちとともにいるだけならば知りえないものなのだろう。そんなとき。

「今年も忘れられてなくてよかったな」

 笑いを含んだ声が至近で聞こえ。陽子は肩を跳ねさせた。顔を上げると人の悪い笑みが目に入る、陽子は眉を顰め、神出鬼没な賓客を咎めた。

「――いきなり来たかと思えばまたそんな失礼なことを」
「失礼ではないぞ。よかったと寿いでいるのだから」

 七夕には必ず現れる隣国の王はそう言って屈託なく笑う。陽子は肩を竦めて己も笑みを返した。
 人のままで成長していく蘭桂への感傷を、陽子の伴侶でもある隣国の王は理解してくれている。だからこその揶揄めいた励ましだ。陽子は伴侶をまっすぐに見つめる。
「――あなたが下に降りるわけが分かったような気がします」
 玄英宮を抜け出しては風漢を名乗って関弓を闊歩する自由気儘な隣国の王。臣はいつも振り回されて気の毒だが、このひとにはそれなりの理由があるのだろう。
「ほう?」
 片眉を器用に上げて問う雁国の王に、景王陽子は笑みを深めて告げる。
「歳を取らない者たちと一緒にいると忘れてしまう感覚ですね」
 その身に時を刻みながら生きる市井の民と触れ合うことを、このひとは決して疎かにはしない。そう思ったのだが、楽しげに笑う伴侶は意外な応えを返す。

「歳を取らないお前が必要なわけも分かるだろう?」

「――私?」
 陽子は首を傾げる。仙籍に入った臣下たちも歳は取らないだろうに。伴侶はそんな陽子を見つめてくすりと笑う。謎解きをするつもりのない伴侶は、拗ねた陽子にそっと口づけるのだった。

2018.08.17.
 いつも拍手をありがとうございます。

 御題其の二百七「七夕の日」続編「七夕の問」をお送りいたしました。今更七夕!?  はい、本日は旧暦の七夕でございます故、ツーライ程度の代物ですが出してみます。

 成長していく蘭桂に淋しさを隠せない陽子主上、 かの方の真意には気づかないようでございますね。 いつか尚隆視点を書いてみたいものでございます。

 大雪山系黒岳が初冠雪とのこと、我が街の最高気温も20℃を切りました。 北の夏は終わった……!

 そんな折ではございますが七夕小話をお楽しみいただけると嬉しゅうございます。

2018.08.17.  速世未生 記
(御題其の二百五十五)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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