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御題其の二百五十八

厨房の宴

 夕刻の厨房から賑やかな声がした。不思議に思って覗いてみると、主上が側近の女史と女御とともに何かを作っている。その様子がなんとも楽しげで、女官は目を細めた。
 調理台に載せられた大きな器、作業台にはこれまた大きな皿が置かれている。竈には湯気の立つ鍋がかかり、女史が中を覗きこんでいた。

「ねえ、そろそろいいかしら」
「そうね」

 女御が答える。頷いた女史は鍋から中身を取り出した。蒸し上がったのは鮮やかな黄赤。わあ、と主上が歓声を上げる。

「美味しそうだね」
「これを潰して混ぜると可愛い黄玉の出来上がり」

 熱いから気をつけて、と言い添えて女御は主上に器を指し示した。主上は早速南瓜を潰し始める。どうやら白玉粉に蒸した南瓜を混ぜて黄色い団子を拵えるらしい。何ゆえに、と女官は首を傾げた。が、理由はすぐに判明する。

「お月見団子、巧く出来そうだね」
「陽子が上手に丸められたらね」

 ああ、月見の宴を開くのか。女官は納得した。蓬莱生まれの主上は時々あちらの行事を側近たちに披露する。その際に自ら縁の菓子などを作るのだ。同じく蓬莱生まれの女御が懐かしげに賛同する時もあれば、女御も知らぬこともある。それでも、こちら生まれの女史共々、楽しげに作業するのだ。
 普段厨房を任されている者たちも最初は不安げに遠くから見守っていた。が、今は慣れて速やかに支度を整えて場所を提供する。これも主上の気安いお人柄ゆえだろう。
 南瓜と白玉粉が混ぜられた器から上がる湯気が小さくなり、三人は生地を丸め始めた。主上や女史が手際よく作り上げ、女御が丸い団子を鍋に入れる。茹で上がった団子は可愛い黄玉。
 お月さまのように丸いほんのり黄色の団子は、覗き見ている女官の心をも温めた。大量の団子を作り終えた三人娘は手早く茶の支度をする。用意された茶杯は七つ。女官は数の多さに首を傾げた。
 女御が茶を淹れ、女史が団子をひとつ楊枝に挿して小皿に載せる。それを盆に置き、主上が厨房の入口近くに控える大僕に差し出した。破顔して受け取る大僕に笑みを返し、主上は回廊に声をかける。

「――そこにいるんだろう」

 女官は思わず首を竦めた。しかし、小さな笑い声ととともに現れた人物が二人。

「主上には敵いませんね」
「よくお分かりで」

 大僕が控えるもうひとつの入口に、冢宰と左将軍が姿を見せた。主上は少し顔を蹙めて二人に告げる。

「そんなに心配される覚えはないぞ」
「こんなに面白いものを虎嘯だけに見物させるなんて勿体ないですよ」
「おいおい、俺は仕事だぞ」

 軽口を返す左将軍に主上の護衛を務める大僕が苦言を呈す。それを冢宰が、まあまあ、と宥めた。
 冢宰と左将軍の揃い踏みに、女官は思わず眼を瞠る。覗き見ていたのは己だけではなかったのだ。まったく気付かなかったが。ということは。

「あなたも如何?」

 突然かけられた声に、女官は口許を抑えて悲鳴を堪える。主上が目の前で満面の笑みを浮かべていた。盆の上には温かな湯気を上げる茶杯と可愛い黄玉がひとつ載った小皿。眼を白黒させていると、主上は片目を瞑って女官の手を引いた。

「巧く出来たと思うから、味見をしてくれないか」

 なんという破壊力。主上の笑みに見蕩れた女官はそのまま厨房に連れこまれ、ひとときの茶会に加わる。頬を染める女官を、月が優しく照らすのだった。

2018.10.28.
 いつも拍手をありがとうございます。 先日ツイッターのタグで上げたオリジナル「たまごの涙」にも拍手をいただきました。 重ねて御礼申し上げます。

 御題其の二百五十八「厨房の宴」をお届けいたしました。 こちらは葵さん宅で開催された「モブ定食祭り」に参加させていただいた小品でございます。 昔お月見の際よく作った南瓜の黄玉を思い出しながら書き上げました。 あちらでご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、 お楽しみいただけると嬉しゅうございます。

 さて、「モブ定食祭り」は10/31に終了しておりますが、 開放されている裏口より新規作品が幾つか寄せられて賑わっておりますよ!  皆さま、どうぞ行ってらっしゃいませ〜。

 拙宅相棒祭跡地も鋭意整備中でございます。今しばらくお待ちくださいね〜。

2018.11.21.  速世未生 記
(御題其の二百五十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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