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11/22はいい夫婦の日

御題其の二百五十九

隣国の鸞

「お訊きしたいことがありますので、ついでがあるときにでも顔を見せてください」

 隣国からやってきた鸞はそれだけ言うと口を閉じた。久々の便りがこれほど簡素なものだとは。相も変わらずぶっきらぼうな我が伴侶に溜息しか出てこない。延王尚隆は深々と嘆息した。
 どう返そうかと思いを巡らせ、やはりこれは呼びつけるしかない、と判断した。尚隆は鸞を銀で労い、おもむろに語り出す。

「訊きたいことがあるならば、直接訊きに来るがよかろう」

 続けて日時を指定してしまう。すぐさま下官を呼んで鸞を送り返した。さて、伴侶はどう出るか。尚隆はにやりと笑んだ。

 それから幾ばくか日が経ち、鸞が戻ってきた。尚隆は笑みを湛えて鸞を見つめ、そっとその頭に触れる。鸞は伴侶の声で語り出した。

「――ふう。分かりました。けれど」

 深々と溜息をついた鸞は一度言葉を切る。しばしの沈黙の後、常よりも一段低い声が告げたものは。

「必ず玄英宮にいてくださいね。今度留守にしていたら、二度と雁には行きません」

 怒りを滲ませる静かな声はそう断じた。聞いて尚隆は大きな笑声を響かせる。確かにここ最近は呼び出しておいて宮を空けることがしばしばあった。多少のことには動じなくなった生真面目な伴侶を揶揄い過ぎたか。笑いを収めた尚隆は鸞に銀を与えた後に返答する。

「待っている」

 短い応えは本心だ。どう歓待しようかと考えれば自然に唇が緩む。尚隆は自ら鸞を雲海の下に放した。

 時は緩やかに過ぎ、隣国の女王を迎える日が訪れた。朝から執務室には普段見ることのない半身たる宰輔が陣取っている。

「お、今日は真面目に仕事をしているようだな」
「当たり前だろう」
「どの口がそれを言う」
「そっくり返そうか」

 延麒六太と軽口を交わしながらも決裁済みの山はどんどん高くなる。側近の小言は聞き流し、尚隆は執務に励んだ。そして約束の刻限。闊達な声が執務室に響いた。

「――さすがにいらっしゃいましたね」
「これから出るところだ」

 纏めた書簡を揃えながら答えると、賓客は嫌そうに柳眉を顰めた。おい、と慌てる六太を無視し、尚隆は来たばかりの隣国の女王の手を取る。

「さて、行くか」

 驚きに眼を瞠る景王陽子の手を引いて、尚隆はさっさと歩き出す。やれやれ、という半身の大きな呟きが二人を送ったのだった。
 そのまま禁門へ直行し、さっさと玄英宮を後にした。呆れ顔の伴侶は無言で後ろに続く。騎獣の代わりをする使令の低い笑い声が聞こえた。

 見事な紅葉が出迎える山に騎獣を下ろす。伴侶は感嘆の溜息をついた。しばらく観楓を楽しみ、太い樹の幹を背にして座りこむ。細い肩を引き寄せると、伴侶は苦笑を浮かべてぼやいた。

「――まったく。勘弁してほしい。景麒はなかなかいいと言わないし、浩瀚には書類を山と積まれたよ」

 大変だったんだから、と伴侶は尚隆を睨めつける。軽く笑い飛ばすと、深い溜息をついた伴侶は欠伸を噛み殺した。尚隆は左肩に凭れかかる頭を撫でて己の膝に下ろす。慌てて起きようとする伴侶を制し、笑みを向けた。

「少し眠れ」

 物言いたげな朱唇を指で塞ぎ、そのまま頬を撫でる。伴侶は小さな溜息をついて眼を閉じた。じきに寝息が聞こえ、細い身体から力が抜け、膝にある頭に重みが増した。零れた緋色の髪をそっと梳く。

「――お前は王なのだから、行ってくる、の一言で事が済むのにな」

 嘆息混りの独り言に笑声が答える。班渠、と呟くと、姿を見せぬ使令は楽しげに言葉を紡いだ。

「それをしないのが主上ですよ」

 分かっているでしょう、と言いたげな隠形する使令に渋面を向ける。そんな遣り取りなど与り知らぬ隣国の女王はあどけない寝顔を見せるだけだった。

2018.11.30.
 いつも拍手をありがとうございます。

 「いい夫婦の日」に出したかった「隣国の鸞」をお送りいたしました。 はい、かの方に膝枕してほしかっただけの作品でございます。 旅の前に仕上げることができませんでしたが、 なんとか11月中にアップできてようございました。

 実は先日他所さまのマシュマロで「どうしてそんなに素敵な作品を沢山書けるのですか」 という質問を拝見し、そんなの四六時中そればっか考えてるからに決まってるじゃん!  とか思ってしまいました。 そして、最近書けてないのは空き時間の妄想が足りないのだと気づいた次第でございます。 そこで本日移動中に妄想を繰り広げてみたのでございました(笑)。

 お楽しみいただけると嬉しく思います。

2018.11.30.  速世未生 記
(御題其の二百五十九)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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