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御題其の二百六十

女御の誓

 今日も忙しく立ち働く女御鈴は、頃合いを見計らって国主の執務室を訪れた。一心不乱に筆を動かす慶主が積み上げた書簡は高く、未処理分はかなり少なくなっている。鈴は微笑んで持っていた盆を小卓に置き、手早く茶の準備を始めた。馥郁と香る上質な茶の匂いが執務室の張りつめた空気を和らげていく。そんなとき。

「――幸せって何だろう」

 不意に降ってきた言葉。鈴は手を止めて書卓を見やる。眉間に皺を寄せた景王が、筆を持ったまま遠くを見ていた。鈴は僅かに唇を緩める。友でもある女王は、生真面目すぎる嫌いがあるのだ。何を難しく考えているのだろう。物事はもっと単純なのに。

「ここでのんびりお茶を飲めるのは、善い王さまのお蔭よ」

 鈴はそう言って、にっこりと笑んでみせた。そして淹れたての茶が湯気を上げる茶杯をすっと差し出す。至高の立場の友は翠玉の瞳を大きく瞠った。鈴は茶菓子を準備しながらゆったりと返しを待つ。やがて、聞こえた、小さな応え。

「――ありがとう」

 望んだことは何でも叶えられる地位を持ちながら、ささやかなことを気に病む友は、はにかんだ笑みを見せる。重責を担う女王がただの陽子に戻るそんな貌を、鈴は嬉しく見つめ返した。

「どういたしまして。今日のお菓子よ」
「わあ!」

 茶菓子を勧めると、友は歓声を上げた。それは仕事の隙間を縫って開けた時間で焼き上げたものだ。女史と二人で作った力作を褒められて、鈴は自慢げに胸を張る。政務の合間の休憩は、しばし見かけの歳相応な女子会へと変貌した。

 楽しくお喋りをしつつも鈴は己の辿った道を回想する。辛く苦しかった数多な日々。旅に出て初めて知り得た事。喪った大切な者。様々なことを越えた末にめぐり会った友は、慶国の王さまだった。友が、神なる王もまた血肉を持ち痛みや悩みを抱える存在なのだ、と教えてくれたのだ。

 あなたが王でよかった。

 この穏やかな日常を護る王を笑顔にするために、常に心を砕こう。できる限りのことをしよう。友として、臣として。
 笑みを取り戻して茶会を楽しむ若き王を眺め、鈴は改めて心に誓うのだった。

2019.01.20.
 いつも拍手をありがとうございます。

 「女御の誓」、以前ツイッターに流した200文字程度のものを加筆修正してみました。 久々の更新でございます。 こちらは陽子主上視点のものを出したかったのですが、 主上は考え過ぎて長くなってしまいそうなので断念いたしました。またそのうちに……。

 考え込んでいたのは私も一緒ですね。ちょっと愚痴になりますので少し下げますね。





 ROM専していると創作者にとってROMはモブだと思ってしまいますが、 書き手視点ですとROMにとって私は数いる創作者の一人にすぎないんだ、と。 私が更新しない時には違う方の作品をご覧になっているのでございましょう。
 まあ、そう思いつつ好きなようにやるのですよね、うん。趣味でございますから!

 音楽で刺激を受ければ歌いたくなりますし、それ以外で感動した時は何かを書きたくなります。 そんなふうに細々と続けていければ……と思っております。

2019.01.20.  速世未生 記
(御題其の二百六十)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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