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常世語のお題(尚陽編)

暖かな湯菜しるもの

 暖炉で火を熾した。初めての出来事は陽子の心を躍らせた。小枝に点けた火が、燠火になるまで眺めた陽子は、よい匂いが辺りに漂っていることに気づいた。慌てて立ち上がると、厨房で朝食の支度をしていた尚隆が、湯気の立った湯菜を卓子に並べているところだった。
「──ごめんなさい、すっかり用意させちゃって」
「いや、お前を見ているほうが面白かったぞ」
 人の悪い笑みを浮かべて伴侶はそう言った。そんなところばかり見て、と口を尖らせた陽子の膨らんだ頬を、伴侶が指でつついて破顔する。
「まあ、食え」
 差し出された椀を、陽子は素直に受け取った。素朴な湯菜は、陽子の身体だけでなく、心まで温める。美味しい、と呟いた陽子に、伴侶は優しい笑みを返して頷いた。

2007.06.11.
 中編「雪明」の一場面で、本編ではさらっと流した朝食のエピソードございます。 子供返っている陽子主上を見守る尚隆、というところかしら。

  2007.06.22.  速世未生 記
(常世語のお題(尚陽編)「あ」)
背景画像「篝火幻燈」さま
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