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常世語のお題(尚陽編)

無口なげじょ

「──いつもありがとう」

 陽子は堂室を掃除する奚に礼を述べた。無口な奚はびくりと肩を震わせて振り返り、王の姿を認めると、慌てて床に平伏した。慶では伏礼は廃止されたというのに。
「そんなことしなくていいよ」
 苦笑を見せる陽子に、奚はますます恐縮し、伏礼したまま動かなくなってしまった。陽子の考えを理解できない者だっているのよ、と笑う祥瓊の声が胸に響く。
「そのままでいいから聞いてくれないか」
 陽子は床に額を摺りつける奚を見下ろして告げる。

「──秘密を守ってくれて、ありがとう」

 奚ははっと顔を上げた。微かに笑みを見せた奚は、もう一度深々と叩頭する。友にも言えない伴侶の存在を人に漏らさぬ忠実な奚に、景王陽子も深く頭を下げた。

2007.09.10.
 こういう人がいなければ、現場は回らないのだと思います。 こういう誠実な人が、きっと傍にいるに違いない、という妄想でございました。

(「意外にわさびでした」とのご感想をいただきました。 ありがとうございます〜。2007.09.18.追記)

2007.09.10.  速世未生 記
(常世語のお題(尚陽編)「む」)
背景画像「篝火幻燈」さま
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