「目次」 「玄関」

常世語のお題(尚陽編)

留守宅の 家生かせい

 家公さまは留守です、と頭を下げた娘は粗末な襦裙を着ていた。豊かな雁では庶民であっても相応に身なりを整える。娘の身分は自ずと知れた。尚隆は隣に立つ伴侶を見やる。陽子は哀しげな貌をしていた。

「それでも、家生を選んでしまうんだね」
 店を辞去して歩き始めると、伴侶は小さく嘆息した。尚隆はくすりと笑って緋色の頭に手を置く。
「何を選んでもよい。本人次第だな」
 そうだね、と伴侶は小さく頷いた。尚隆は片眉を上げる。もっと憤ると思ったのに。その胸の内が聞こえたかのように伴侶は軽く笑う。

「私だって大人になるんだよ」

 見かけは変わらずとも、清濁併せ呑み、深い色を湛えた翠の瞳。尚隆は声なくその宝玉に見蕩れたのだった。

2014.06.20.
 いつも拍手をありがとうございます。
 「常世語のお題(尚陽編)」最後の一作を仕上げました。 足かけ7年とかほんとのんびり進行でございましたね〜。 お楽しみいただけると幸いでございます。

2014.06.20. 速世未生 記
(常世語のお題(尚陽編)「る」)
背景画像「篝火幻燈」さま
「目次」 「玄関」